ワイナーの原因帰属理論

心理/精神

はじめに

ワイナー(Bernard Weiner)の原因帰属理論は先行の二つの理論を基礎にしています。
一つは「期待価値理論」、もう一つは「帰属理論」です。
簡単に解説しておきます(知っている方は飛ばしてください)。

「期待価値理論」

ある課題(目的の達成)を前にして、人が行動を起こそうとする強さは、「その人が元々持つ動機の強さ」と「その人個人がその課題状況を主観的にどう認知しているか」ということの関係性から理解できるとするものです。
後者の状況の認知は「期待(成功率、見込み)」と「価値(誘因、成功報酬)」からなり、以下のように定式化されます。

課題遂行に際しての達成志向傾向(要はやる気)=動機(個人の動機)×期待(主観的確率)×価値(誘因)

例えば、どれだけ私が跳び箱の世界チャンピオンに成りたくでも、跳び箱100段を前にして跳ぶわけがありませんし(期待ゼロ)、跳び箱3段では何の練習にもならず、跳ぼうとはしません(価値ゼロ)。
先日は20段まで跳べたから今日は21段跳べるんじゃないかという達成可能性(期待)と、これを跳べれば以前より一層世界記録(24段)に近付き自分の格が上げるという価値付け(誘因)が、掛け算の様に連動して私のモチベーションを上げ、跳び箱を跳ぶという行動へ導くのです。

「帰属理論」

原因と結果の因果律で物事をとらえるのは、人間が世界を把握する際の基本的な枠組み(カントの項を参照)です。
しかし、その原因の認知の内容、与えられた情報をどう処理するか、いわば物事の原因を何に帰すか(原因の帰属)は、人それぞれです。
今朝、私が風邪をひいた原因は、不摂生な生活によって抵抗力が低下していたためか、人混みをマスクを着けずに歩いたためか、運悪くウイルスをもった人と座席が一緒になったためか等々、無数にあり、それらをいちいち科学者のように実験にかけ特定することなく、主観や慣習などによって決めつけるだけです。
個々人のこの帰属の過程は、その人のパーソナリティーの有り様に密接に関連しており、心理学的に重要な尺度になります。
当然、世界の認知のあり方が異なれば、その後の行動も大きく変わってきます。
これを研究するものが「帰属理論」ですが、これを達成動機の領域、達成行動の成否の結果に関する帰属に絞って研究したものがワイナーの「原因帰属理論」です。

原因を帰属する基本的な場所「統制の位置」には、内的なもの(自分の責任に帰すもの)である「内的帰属」と、外的なもの(自分以外の責任に帰すもの)である「外的帰属」があります。

「原因帰属理論」

ワイナーの「原因帰属理論」は、以上の二つの理論を統合した動機付け理論です。
期待価値理論の認知の側面を、帰属理論によって補強したような形になります。

まずは下の図をご覧ください。

ふたつの原因次元「統制の位置」「安定性」を軸にして、達成行動における成否の主な原因として、帰属の四要因「能力(A)」「努力(E)」「課題の難度(TD)」「運(L)」に分けられています。
これら四要因のうち単独の要因に帰されることもあれば(例、今回のテストは易しすぎた)、複数必要とされることもあります(例、僕が受験に成功したのは必死の努力と運の良さによるものだ)。
どの要因に原因を帰属するかは個々人の傾向や状況により大きく異なり、これはあくまでも本人の認知の問題です。
その状況において手に入る外的情報の解釈、その人自身の内の過去の経験や認知的構造(シェマ)、その人が元来持つ動機の強さなど、様々な要素が原因帰属の先行条件として働いています。

先行の「期待価値理論」では、行動のプロセスは以下のようになります。

刺激(情報)→認知(情報の処理)[期待×価値]→反応(認知内容に基づく行動)

ワイナーの「原因帰属理論」では、以下のように具体的に補強されます(太字は変更された部分)。

刺激(達成結果)→認知(原因帰属)[安定性(期待)×統制の位置(感情)]→反応(認知内容に基づく新たな達成行動)

安定性の次元

「安定性」とは、期待価値理論の「期待」に関係する次元です。
その人が物事の原因を安定的な要因に帰すなら、当然その人の観る世界も安定的で変化の少ないものになり、その人が物事の原因を不安定な要因に帰すなら、当然その人の観る世界も不安的で変化の大きいものになります。

状況は安定的で変わらないものだと捉えれば、物事を変えようという期待は薄れますし、反対に、状況は不安定(変動的)で変えられるものだと捉えれば、物事を変えようという期待は大きくなります。
自分の持ち前の能力や才能(A)あるいは外的な課題の本質的な難しさ(TD)が原因であると考えるなら、私は課題にチャレンジする気を失いますし、努力不足(E)や不運(L)によるものと考えるなら、私は努力次第、運次第で結果が変わることに期待し、次の行動へのやる気を起こします。

統制の位置の次元

「統制の位置」とは、期待価値理論の「価値(誘因)」に関係する次元です。
そして、この達成行動の際の価値の決定要因として、期待価値理論のアトキンソン(John William Atkinson)の「誇り(プライド)」という感情概念を踏襲します。
課題の達成動機において「価値(誘因)」の側面に強い影響を与えるものとして、誇りと恥の感情があるとするものです。
誇りのために行動は促進されたり、恥によって抑制されたり、恥の挽回(誇りの回復)のためにさらに促進されたり、人のプライド(誇り、自尊心)は人間行動(達成行動)の感情的な強い誘因として働いています。

「内的統制」とは、自分の状況を自分の責任によってコントロール(統制)しているという認知であり、「外的統制」とは、自分の状況が自分以外のものによってコントロールされているという認知です。

当然、物事の原因を自分(内的なもの)に帰すと、そこには「誇り」や「恥」などの感情的な要素が関わってきます。
自分の能力(A)や努力(E)によって成功したと考えるなら誇りや自尊心が生じますし、自分の能力(A)や努力(E)によって失敗したと考えるなら恥ずかしく感じます。
課題の達成が外的な要因、運がよかっただけ(L)や、課題が簡単すぎただけ(TD)なら、成功は誇りに結びつきませんし、同様に課題の失敗が、運が悪かっただけ(L)や、課題が難しすぎただけ(TD)なら、失敗は恥には結びつきません。
要は、課題の達成が自分自身の責任(内的な要因)であると帰属するなら感情反応は増大し、反対に、課題の達成が自分以外のものの責任(外的な要因)であると帰属するなら感情反応は減少します。

ちなみに、共に感情反応の大きいクラスの「能力(A)」と「努力(E)」を比較した場合は、後者の努力の方が感情反応が大きくなるとされています。

帰属と遂行の関係

原因帰属と遂行行動の関係を、二つの類型(動機付けの高低)として対比的にあらわすと、以下のようになります。(林保/山内弘継著『達成動機の研究』誠信書房、106項より)

達成動機の高い人
(i)成功を内的要因(高い能力と努力)に帰着させるから、達成が高い報酬価をもち、そこにプライドが生じる。そして達成活動にますます積極的に取り組んでいく。
(ii)失敗を努力の欠如に帰着させるが、努力は自分の意志で変わりうるものと考えられているので、失敗してもくじけず持久的である。
(iii)成功にしろ失敗にしろ、それを努力要因に帰着させる傾向が強い。したがって、努力が結果の重要な規定要因となるような課題事態に最も関心をもつことになる。中程度の困難度の課題(主観的成功確率が.50に近い)は、そのような課題である。
(iv)結果が努力によって左右されるという信念をもつから、比較的力強い遂行をする。

達成動機の低い人
(i)成功を内的要因よりも、むしろ外的要因(課題の困難さと運)に帰着させる傾向が強く、目標達成の報償価が減少するので、達成活動への積極的取り組みが生じにくい。
(ii)失敗を能力の欠如に帰着させるが、能力は比較的不変な要因と考えられているため、失敗するとすぐ止める。
(iii)やさしい課題、または難しい課題に比較的強い関心をもつというのも、そのような課題での結果は自己評価に必要なフィードバック情報が最も少なくなるためである。
(iv)結果が努力とあまり関係がないという信念に媒介されて、遂行力が比較的弱くなる。

結び

これらの理論によって、達成行動の理解、予測、操作がある程度可能になります。
例えば、単純に日常経験のレベルに適用すれば、達成動機を最も強くするスタイルは、物事の原因を自分の「努力、取り組み(effort)」の問題に帰属させる人であり、物事は変化する(不安定)、かつ物事の原因は自分にある(内的統制)という信念「物事は自分で変えられる、コントロール(統制)できる」を持つ人です。
裏を返せば、物事を他人のせいや環境のせい、自分の持って生まれた能力のせい(厳密に言えば才能=生んだ親のせい)にする人は、課題の達成において非生産的なスタイルを選んでいるということになります。
勿論、ここで言う「努力(effort)」というものは、日本の文脈によくある根性論や無意味に汗をかくだけの自己満足を指すのではなく、アメリカ的な実利主義、効果的な取り組み実践の積み重ねのことを指しています。

 

おわり

 

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