ドラッカーの『イノベーションと起業家精神』四つの戦略

経済/ビジネス

第一部、七つの機会編のつづき

四つの起業家戦略

本頁ではドラッカーの提示した「四つの起業家戦略(戦術)」を紹介します。
一、総力による攻撃、二、弱みへの攻撃(創造的模倣・起業家柔道)、三、ニッチの占拠、四、価値の創造、です。
あくまでもこれらは便宜上のカテゴリー分けであり、現実の適用の場では複数が組み合わされ融合しています。

一、総力による攻撃

これは新しい産業や市場が生じた時に、それらの完全支配を目指す戦略です。
特許の取得や資材・人材の独占的な確保、他を圧倒する流通網や組織構成の確立、等々、あらゆる手段でその新世界においてのトップの地位を永続化しようという試みです。
一般的に目指されるものであり、特に解説する必要もありません。

イノベーションの成功の後に、はじめて本当の仕事がはじまります。
常にトップの地位を維持していくための戦略を練り、継続的な努力をしなければ、ただ競争相手のための市場を耕すだけに終わってしまいます。
トップの地位を得れば、それを防衛するために、以前より以上の努力をせねばなりません。
競争相手によってではなく、自分自身の成長によって、自社の製品や工程を陳腐なものにし、時代遅れにしていく必要があります。

この戦略は非常にリスクもコストも大きく、強い意志と努力と十分な資源を必要とするため、よほどそれに見合うだけの大きなイノベーションの機会でもない限りは別の戦略を使うべきです。

二、弱みへの攻撃(創造的模倣と起業家柔道)

『創造的模倣』

この戦略は誰かがすでに行ったことを模倣します。
しかし、最初のイノベーターよりも、そのイノベーションの意味と本質をより理解し、状況を把握するがゆえに、オリジナルよりも創造的になります。

この戦略は、誰かが新しいものを創るのを待ち、これだというものを見つけたとき、はじめて仕事に取りかかります。
すでに市場が立ち、製品も受け入れられ、供給以上の需要が生まれ始めている時に動き出すのです。
どういう顧客が何を価値として買っているかなど、最初のベンチャーが直面する不確定要素が明らかになりつつあるため、調査や分析も容易になっています。
その分析を通してイノベーションの可能性をひき出し、受容者の希望をかなえるものを短期間で作りあげ、市場を奪います。
例えば、パソコン市場においてアップルのイノベーションを創造的に模倣したIBMは、支配者の座に就きました。
もちろん、最初のイノベーターが独占的であり、市場への新規参入を徹底的に排除している場合もありますが、それは特殊な事例です。

創造的模倣は先駆者の失敗を利用するのではなく、先駆者の成功を利用することです。
先駆者が発明してくれた製品やサービスを躍進させ、完成させ、その位置付けを行うことです。
普通、新しいものが市場に導入された時、いきなり完成形なわけではなく必ず何かがかけているはずです。
その欠けを補い、まだ荒い市場における製品の位置付けと整理をし、修正によって顧客とのマッチングをはかったりするのです。
創造的模倣は、生産者や製品からではなく、顧客からスタートする市場志向です。
創造的模倣は、先駆者の顧客を奪い取ることではなく、彼らが耕しながら放置している市場を相手にするのです。
それは先駆者のように需要そのものを生み出すのではなく、すでに存在する需要をよりよく満たすということです。

アップルは製品中心であって、ユーザー中心ではなかった。そのため、ユーザーがプログラムやソフトウェアを必要としている時に、新しいハードウェアを供給した。~IBMのパソコンは、技術的には、アップルのそれと差別化できなかった。しかし、IBMははじめからプログラムとソフトウェアを提供した。(上田淳生訳)

これらの戦略は、技術中心、製品中心であるイノベーションの市場において最も有効に作用します。
これらの分野のイノベーターは市場に関して疎く、自らの成功を誤った方向で理解していることが多いため、自分の作り出した需要に対して応じることができないからです。
その弱点を補うのが創造的模倣であり、これらを行う者には、鋭敏さ、柔軟さ、即応性、分析力、そして何より顧客視点が必要になるのです。

『起業家柔道』

ここでいう柔道とはまさに「柔よく剛を制す(The soft and weak can overcome the hard and strong)」戦術としての柔道です。
当時は弱者であったが柔軟な思考を持った日本のメーカー(ソニーやセイコーなど)が、強者であったが頭の固かった欧米企業をことごとく打ち破っていった起業家戦略を、日本の柔道の戦い方になぞらえています。

強者の強みではあるがそれがかえって仇となるような弱点を突いて、一気にひっくり返す戦略です。
この先行者である強者の悪癖(弱点)として、五つの事例が挙げられます。

・成功者である自分達が考えたもの以外は、たいしたものではないという驕り。いわゆるNIH症候群(Not Invented Here syndrome)です。

・成功した最も利益の上がる部分にのみ依存する閉鎖的な態度。既得の財産に安住している間に、おざなりにしていた市場を易々と占拠され、いつの間にか立場は逆転します。

・価値についての誤解。製品やサービスの価値というものは基本的に顧客が作るものです。自分達にとって有用なものを提供してくれる対象にのみ対価を払い、そこに価値が生じます。メーカーにとって生産が難しく、生産者の智恵と金と労力を多く投じたものが価値あるものである訳ではないと言う当たり前の事実に気付けないのです。人々は、アメリカ大手メーカーの高度の生産技術と労力を要する最高級真空管ラジオよりも、安価で軽く、耐久性に優れ、使い勝手の良いソニーのトランジスタラジオに本当の価値を見出したわけです。

・創業者利益(事業のために投入された資本と株式資本の差額から生じる利益)に対しての幻想、およびコストと価格の差によってのみ利益を得るという安直な思考。

・過剰な機能の追及。製品やサービスの最適化ではなく最大化を目指してしまうという悪癖。最良(ベスト)なものというのは最適であって、最大ではないということです。強者と違い、新規参入者はそもそも最大化を目指す資力を持っていないため、必然的にユーザーに合わせた最適化をはかることによって、市場を獲得していきます。