丸山眞男のタコツボ化

哲学/思想社会/政治

はじめに

今日、広く用いられている「タコツボ化」という概念の出典である、丸山眞男著『日本の思想』第三章「思想のあり方について」の要約および解説です。

 

人間はイメージを頼りにして物事を判断する

イメージというものは、人間が環境に対して適応するための潤滑油です。
環境から急激なショックを受けないように、あらかじめ個々の人間、集団、制度、民族などについてイメージを作り、それを頼りに思考し行動します。
そのイメージは、他人あるいは非人格的組織の動きに対する私の期待と予測の基になるものなので、ある程度持続的でないと意味がありません。
持続的であることにイメージの役割がありますが、イメージがあまり本物から離れすぎると、潤滑油としての役目を失います。
なんらかの予想外の出来事に直面し、対象について新しくイメージをつくりなおす必要が生まれ、イメージを修正しながら、変転する環境に適応していくわけです。

現代のように視野に入る世界の範囲が広くなるにつれて環境はより多様になり、それだけ直接手のとどかない問題について判断し、直接接触しない人間や集団の動きに対して、予測や期待を下しながら行動せざるをえなくなります。
現代人はよりイメージに頼りながら行動せざるをえなくなってきていますが、環境が複雑化・多様化し世界が拡がると、自分で感覚的にイメージと現実の照合を確認することができなくなります。
つまり、自分で原物と比較することのできない曖昧なイメージを頼りにして行動し発言せざるをえなくなっています。
適応しなければならない環境が複雑になるに従って、人間と現実の環境との間に介在するイメージの層が厚くなってきて、潤滑油だったものが固形化し厚い壁になってしまうわけです。

 

イメージが作り出す新しい現実

私達は、アメリカはどうだソ連はこうだと気易く語りますが、それは一定のイメージを前提にしたもので、それがどこまで本当のアメリカやソ連と合致しているかを確める機会も時間も手段も与えられていません。
小さな例でいえば、だいたい京都人は…、東京の人は…というようなときにも、イメージを基底に話しています。
さらに、「平和運動」というひとつの現実に対して、保守派は保守派なりの、ジャーナリストはジャーナリストなりの、平和運動についてのあるイメージをもっており、我々と現実の平和運動の間にはイメージという厚い層が介在しています。
イメージの層が厚くなるに従って、もとの現実(原物)から離れて独自の存在に成った、無数のイメージという化け物が生じ歩き回っている状態です。
そういう世界の中に私達は生きているのです。

例えば、「アメリカ」や「ソ連」のように、漠然とした、それほど体系的に反省されていないような一つの像、共通の像というものが拡大していくと、化け物の方が本物よりもリアリティーをもってきます。
本物の全体像を私達が感知し確認することができず、そういうイメージを頼りにして多くの人が判断し行動していると、現実とかけ離れたものであったとしても何ら関係なく、新たな現実を作り出していきます。
こうしてイリューションが横行し、私達と現実の環境との間にあるイメージの壁はいっそう厚くなっていくのです。

 

新しい形の自己疎外

例えばマルクスが、「私はマルクス主義者でない」と言う時、それはマルクス思想についてのイメージが原物から離れて勝手に膨れ上がっていくことに対する嘆きであるわけです。
コミュニケーションが世界規模で発展してきた現代においては、尚更、大小無数の原物は、イメージが自分から離れてひとり歩きし、原物以上のリアリティーを具えるようになる現象を阻止することができません。
むしろ、原物の方が諦めて、あるいはその方が都合がいい場合において、ひとり歩きするイメージに逆に自分の言動を合わせていくという事態がおこります。
こうして、何が本物で何が化け物だか分らなくなり、現代では新しい形態の自己疎外が生じていると言えます。
世界的な傾向である以上に、日本ではそういう化け物の横行を許す事情、私達と環境の間のイメージの壁を厚くする条件がある気がするのです。

 

ササラ型とタコツボ型

この問題を考えるために、日本の社会・文化の型というものを図式化する必要があります。
二つの型に分け、一つはササラ型、これに対するもう一つがタコツボ型とします。
ササラというのは、竹の先を細かくいくつにも割ったもので、元のところが共通していてそこから分れて出ている型の文化がササラ型です。
タコツボは文字通りそれぞれ孤立したタコツボが並列している型です。

近代日本の学問や文化や社会の組織形態というものが、ササラ型でなくてタコツボ型であるということが、先ほどのイメージの問題と関係しているのではないかということです。

日本にヨーロッパの近代科学が本格的に移入された十九世紀後半は、ヨーロッパで社会組織・文化・学問の専門化・分業化が急速に進んだ時期にあたります。
例えば、十九世紀前半の社会科学においては、ヘーゲル、マルクス、ベンサム、コントなどに見られるように、法律・経済・社会といった個別分野を横断する総合的な学問体系が多く存在しました。
ところが後半になると、こうした総合的な「社会科学(the social science)」は、法律学・政治学・経済学・心理学など複数の「社会諸科学(social sciences)」へと分化していきます。
(日本の西洋学問の輸入は)学問が総合的体系から法律、政治、経済、心理など、個別の専門科学へと分化・独立が進んだ時期だったのです。
法律学や経済学などの個別科学に分化発展すると、社会学自体が独自の研究対象を求めざるを得なくなり、具体的内容ではなく人間の社会関係の形式そのものを研究対象とする「形式社会学」が成立しましたが、それ(ジンメルの登場)は分化の反映といえます。
明治以後の内務省の変化もこれに似ています。
かつての内務省は国内行政のほとんど全域を管轄していましたが、国家機能が複雑化するにつれて、鉄道・逓信・商工・農林などが独立し、その守備範囲を次第に縮小しました。
最後に中心的に残ったのが警察、すなわち社会の交通整理でした。
総合的な社会学が専門分化のなかで対象を限定していった過程と似ているわけです。

 

近代日本の学問の受け入れかた

日本がヨーロッパの学問を受け入れた十九世紀後半は、ちょうど学問の専門化・個別化が進んだ時期であったため、細分化された専門分野が、そのまま日本の大学の学部や学科として導入されました。
しかし、ヨーロッパでは、そうした個別科学の背後に、ギリシャ以来の長い思想的・文化的伝統という共通の根がありました。
先ほどの「ササラ型」です。
これに対して日本では、その共通の根を切り捨てて、枝先にあたる専門化された学問だけが移植され、それ(専門化)が、はじめからアカデミックな学問の存在形態とされたわけです。
その結果、学者は個別分野の専門家であることが当然視され、異なる学問分野を結ぶ共通のカルチャーやインテリジェンスを持てなくなりました。
各学科は、互いに孤立した「タコツボ」になっていったのです。

近代日本では、自然科学・社会科学・文学・哲学などの各分野が専門化し、研究者の間に同じ任務をもっているという連帯意識や内面的な交流は殆んどありません。
本来、諸科学を関連づけ基礎づけるはずの哲学まで専門分野の一つとしてタコツボ化し、哲学者は他の学問について無知だし、他の学者は哲学者のやっていることは自分の仕事とは全く縁がないと思っています。
例えば、ヘーゲル哲学は法律学・歴史学・社会学など広い分野に影響を与えましたが、西田哲学は日本の社会科学を共通に基礎づける原理とはなりませんでした。
さらに、法律学・政治学・経済学のような近接分野の間でさえ交流は乏しく、まして文学と社会科学の間では共通の言葉を見出すことすら困難です。
共通の問題を議論するための共通の言語(基盤)すら持たないのです。

 

共通の基盤がない論争

たとえば昭和史をめぐる文学者、社会科学者、歴史学者間の論争では、「歴史が書けている」とは何を意味するのか一致した了解がないため理解が食い違っていました。
共通の基準がない議論は表面的には成立しても、結局は互いを理解しがたい考えとと感じるだけで終わります。
[多分、当時の昭和史論争のことだと思います。昭和初期から敗戦に至る日本をどう歴史的に記述するか、という問題です。]
同じことは、ある著名な文学者が著名な社会科学者を「頭が悪い」と評した論争にも現れています。
社会科学の世界では高く評価されている人物が、文学者からはそう見えたということは、そもそも文学者と社会科学者とでは「頭がいい」という判断基準そのものが異なっていること、つまり、日本の知識人の間に共通の言葉や基準がないことを示す例となっています。
[多分、1953年の三好十郎(文学・演劇)と清水幾太郎(社会学)の平和論争のことです。三好十郎著『清水幾太郎さんへの手紙』(←青空文庫に飛びます)]
「日本のインテリ」批判にも同様の問題があります。
石川達三(文学)は、インテリは私的な自由ばかり求め天下国家の問題から逃避していると批判しましたが、新聞批評家は逆に、何でも政治や国家の問題に結びつけるのがインテリだと非難します。
これは、批判する側がそれぞれが周囲のインテリのイメージを一般化し「日本のインテリ」と呼んでいるためです。
それでいて、批判している当人は自身をインテリの範疇に入れていません。
[単なる「インテリ批判の内容の食い違い」以上に、「批判者が自分自身を特権的・例外的位置に置いてしまう構造」が、タコツボそのものだという指摘です。この自己除外は単なる論理的矛盾ではなく、タコツボ化した知的世界の症状です。]
つまり、共通のカルチャーで結ばれたインテリ層というものが存在しないタコツボ型社会の反映です。

 

近代的組織体のタコツボ化

近代社会が発達するに従って機能集団が多元的に分化してくるということ自体は、世界共通の現象です。
欧米でも、学問や組織の過度の専門化による弊害が問題となっています。
しかし、欧米では機能集団の分化が生じても、それと別の次元で人間をつなぐ集団や組織というものがあります(教会、クラブ、サロンなど)。
それが異った分野に従事する人々を横断的に結びつける媒介となっています。
これに対し、日本では、そうした自主的な中間組織が乏しく、明治以後に発達した会社・官庁・学校などの近代的組織も、それぞれが閉鎖的なタコツボ集団になりがちでした。
総合大学もその典型です。複数の学部が同じ場所に集まっていても、学部間の共同研究や共通の教養が十分に形成されている訳ではありません。
ただ、一つの経営体として組織化されているというだけのことで、ユニヴァーシティという本来の意味からかけ離れています。
[なぜ日本は欧米よりタコツボ化するのか、の第一の回答が「共通の根を欠いた専門知の輸入」(歴史的原因)、第二の回答が「日本では専門集団を横断する中間(媒介)的組織が弱い」(構造的原因)。]

 

組織における隠語の発生と偏見の沈澱

各組織がタコツボ化すると、そこに属する人々は組織に強く包摂され
、組織を越えた共通の言葉や判断基準というものが自主的に制限されることになります(つまり下から形成される機会がなくなる)。
政治や経済組織だけでなく、文壇・楽壇・画壇などでも、仲間内だけで通用する言葉やイメージのみが形成され、タコツボ化します。
これは単なる日本的な封建性や家族主義の残存ではなく、近代的な専門分化と前近代的な閉鎖性の逆説的結合とみるべきです。
[近代的に機能分化しながら、その分化した各組織が前近代的な共同体のように成員を全面的に包摂してしまうという意味での逆説性です。]
こうして、各集団では「内輪(in-group)」と「よそ(out-group)」が峻別され、さらにその区別は無限に細分化していきます。
例えば、学界とジャーナリズムが分化対立するだけに留まらず、ジャーナリズムの内部でも新聞・週刊誌・総合雑誌と分化し、さらに新聞社ごとに閉鎖的な仲間意識(および排他的な他者意識)が形成されます。
近代化によって組織が巨大化するほどまるがかえ的になって、かえって人の移動が減り内輪の意識が強まる点に、日本的の近代の特徴があります。
[巨大化⇒まるがかえ(強い包摂)の因果関係が記述されていません。多分、内部労働市場化によるものと思われます。組織の巨大化⇒内部的なキャリア秩序、生活保障、独自規範の発達⇒成員の組織依存。しかし、これはビジネスの一般則で日本だけの特徴とは言えません。戦後日本で形成されつつあった企業共同体型資本主義(日本型資本主義)によるものと捉えれば筋は通ります。]
その結果、会社・大学・組合などには、内部だけで通用する言葉(隠語化)や価値基準が生まれ、閉鎖的なものの考え方感じ方が生じ、徐々にそれが沈澱していきます。
こうした集団意識の前提(沈殿層)が厚くなるほど、各組織には固有の思考様式と偏見が定着していくのです。

 

国内的鎖国と国際的開国

「タコツボ化」とは、ベルクソンやポパー(科学哲学)のいう「閉ざされた社会(クローズド・ソサエティ)」に近いものです。
[ベルクソンの場合「クローズド・ソサエティ=仲間内の義務と連帯によって成立する外部排他性を伴う共同体」「オープン・ソサエティ=共同体の境界を越えて全人類へ開かれる普遍的愛や道徳による繋り」、ポパーの場合「クローズド・ソサエティ=伝統・権威・集団秩序が固定され批判や変更が困難な社会」「オープン・ソサエティ=個人が自由に批判し制度を修正できる社会」です。ベルクソン的閉鎖はタコツボ集団の境界形成の面を、ポパー的閉鎖はその境界内部の自己修正不能性の面を特徴づけます。]
ただし、日本社会全体が閉鎖的なのではなく、国内では各集団が互いに閉じている一方、八方破れ的に、それぞれが独自の経路で海外と結びついている点に特徴があります。
国内の集団の間の横断的な交流は弱いのに、各分野はそれぞれバラバラのルートで国際的なネットワークを持つため、「国益」の共通イメージも形成されにくくなります。
[敗戦後の日本の舵取りの基準となる「国益」をどう定義するかで論争が生たことを指しているのだと思われます。]
現代社会のようにコミュニケーション範囲の拡大し、認識される集団が増えるほど、対立イメージも増し、各集団は自分たちを相対的に矮小化して捉えるようになります。
その結果、実際には大きな影響力を持つ集団でさえ、自らを少数派(マイノリティ)とみなし、外部の無数の敵対的な勢力に取り囲まれているという強迫観念的な被害者意識を抱きやすくなります。

 

被害者意識の氾濫

例えば、吉田茂ら保守派は、進歩的勢力に取り囲まれているという被害者意識を持っていました。
しかし、実際には、保守的な考え方の方が広い国民的支持を背景にしており、進歩派の言論が一部の雑誌などで目立っていても、現実の政治はむしろ保守的な方向に進んでいました。
保守派だけでなく、進歩派、自由主義者、社会主義者、共産主義者など、ほとんどすべての集団が自らを少数派・被害者として認識していました。
同じことは新聞人や官僚にもみられます。外部からは大きな影響力を持つように見える新聞社や官僚組織でも、当事者はむしろ四方から批判され、自分たちの立場が理解されていないという孤立感を抱いています。
[タコツボ化した社会では、各集団が実際の勢力とは無関係に自らをマイノリティと認識する、という話。]
その結果、国中が被害者ばかりで加害者がどこにもいない、という奇妙な状況が生じます。
己の世界への期待(先入観)が、マスコミを通じて伝達される間接的情報と結合し、他集団についてのイリュージョンを生じさせますが、自主的なコミュニケーション(直接情報による修正可能性)が無いため、自ずと他集団の加害者イメージと自集団の被害者イメージが強化されるわけです。

 

戦後マス・コミュニケーションの役割

戦前の日本では、タコツボ化した各組織を結び、国民的な一体感を支えていたのが天皇制と義務教育や軍隊教育に基く「臣民」意識でした。
戦後、この結び目が失われると、共通の言語や文化を形成する役割をマスコミが担うようになります。
各集団がタコツボ化し閉鎖的になるほど、集団間を結ぶ唯一のコミュニケーションとしてのマスコミの比重は大きくなります。
日本では、マスコミによる思想の画一化と言われながら、集団間のコミュニケーション不全による非画一化という、逆説的な構造があります。
[社会全体では同じ言葉・思想・趣味が広がっているのに、集団同士は互いに話が通じない、という逆説。]
それらは矛盾せず、相互強化し合います。
[たぶん、「タコツボ化⇒直接交流の減少⇒マスコミ(間接情報)依存の強化⇒マスコミが直接交流の代替物となる⇒他集団との直接交流のさらなる減少⇒タコツボ化の強化」という相互性。]
タコツボ間をマスコミュニケーションがつなぐと言っても、タコツボの中に滲透し、その相互間の言語の閉鎖性を打破する役割はありません。
本来、マスコミというものは、孤立した受動的な個人に向って働きかけるものであり、組織間の言語不通現象を打開する力は乏しいのです。
一方では言語不通、他方ではマスコミによる思想や感情や趣味の画一化が、強化されながら進行しています。
こうして、組織内ではそれぞれ「プライベート」な隠語が、広く社会的にはマスコミの「公用語」が相並んで通用するという二重構造が成立するのです。

 

組織の力という通念の盲点

私たちの思考や行動がイメージの層を通して生じるていること、および、日本の各集団がタコツボ化していること、この二つの現実を認識しなければならないのです。
例えば、政治的な分野で進歩的陣営は、「組織を強くしなければいけない」とよく主張します。
原則としては間違っていないのですが、上の二つの現実を無視したまま適用すれば、以下のような問題が生じます。

第一に、組織内部で通用する言葉や外部についてのイメージがそのまま外でも通用すると無反省に考えてしまい、その有効性を検証する過程を失います。
そして、組織外の人々を未だ「真理に到達していない」者と結論付け、啓蒙によって自分たちのイメージを普遍化すればよいと考えます。
その結果、判断を誤り、説得力も失います。
第二に、ササラ型の社会では一つの組織の前進が共通の基盤を通じて他の組織にも波及しますが、タコツボ型ではそうはいきません。
むしろ一つの組織だけが強くなることで、他との連帯が損なわれ、孤立することさえあります。
内部のイメージだけに依存し当然のものとなった言葉に安住していると、組織そのものは強くても周囲から切り離され、気づかぬうちに現実との乖離が生じるのです。

 

階級別にたたない組織化の意味

革新勢力は、階級的な同一性に基く組織化と同時に、別次元の様々な組織化を多く組合せる必要があります。
それにより、組織内部の思考の固定化を防ぎ、異なる集団のイメージを結合し共通の言葉を見出すことができます。
こういう階級を横断する組織化ということは、経験的には為されてされていますが、それ(戦後に国民的規模で成功した横断的組織化である、反核運動や母親大会)がどのような思想的意味を持つかを反省的に自覚できていないのです。
[母親大会とは、「母親」という立場を共通項に階級や職業を越えて女性を組織し、平和・教育・生活問題などの社会的・政治的課題に取り組む運動。母親大会=属性横断型、反核運動=争点横断型での組織化。]
このような運動が、現代の社会状況に深く根ざした重要な意味を持っていることを反省的に自覚しなければ、単なる場当り主義、御都合主義に陥ってしまいます。

 

多元的なイメージを合成する思考法の必要

現代社会における言語が組織の多元化と並行し複数的になっていくと同時に、イメージ自身が独り歩きし独自の社会的力になっていくという事実を認識した上で、鳥瞰的にモンタージュ式に合成していくような思考法が要求されているのです。
原理や原則などの真理性に寄りかかり、私の所有する「真理」以外はイリュージョンなんだと言って安心していると、イリュージョンの方がどんどん新たな現実を作っていき、現実が「真理」の方を置いてけ堀にしてしまう状況にあります。
必要なのは、己のイメージに塗れた一つの「真理」を掲げることではなく、組織内のコトバの沈澱を打破して自主的なコミュニケーションを拡大し、さまざまな集団が持つイメージを、モンタージュ的に組み合わせて全体像を構成する思考法です。
この前提として、組織のタコツボ化と、イメージの独り歩きの問題を述べたわけです。

 

おわり