世の東西を問わず昔の偉い賢人たちは、人間の人生を束の間の夢・幻であると語りました。
もし、そうであるなら、「いかに生きるか」という哲学的大問題は、柳沢慎吾のひと言(「いい夢見ろよ!」)でほぼ片が付きます。
しかし、人間の人生は夢や幻ほど受動的なものではなく、ある程度能動的にその内容を変えていけるものであり、「夢」というより行動(選択)によって結果や物語の変わる「ゲーム」に近いものです。
ゲームは行動によってその内容を形成していくタイプの夢・幻であり、その場合、慎吾ちゃんの名言は「いい夢作れよ!」に修正されます。
受動的な「夢」において悪夢を回避することは不可能ですが、能動的な「夢(ゲーム)」においてはプレイ(努力)によってある程度回避可能であり、反対に、良い夢を指をくわえて待つだけでなくプレイ(努力)によってある程度実現可能です。
「夢(睡眠時の)」においては因果律(物の繋がり)や統語論的規則(思考の繋がり)がまともに機能していない不条理状態(不思議の国のアリス的世界)なので、意志的な行動が無効化されますが、「夢(現実と言う名の)」はかなり条理性ある世界であるため、意志と行動によってある程度その内容を操作することが可能です。
不条理(バグ)の可能性を徹底的に排除する(デバッグ)という点でも、「ゲーム」と「夢(現実と言う名の)」は似ています。
私が、もし胡蝶(蝶)であれば全力でそのフライトゲームを楽しみ、もし王様であれば全力でそのコーエー的SLGを楽しみ、もし町人であれば全力でトルネコ的お金儲けゲームを楽しむだけです。
この世(いわばこの私に与えられた夢・幻)が「楽しいかor楽しくないか」などという問いは無意味であり、あるのは「楽しむかor楽しまないか」という選択と、楽しくないなら楽しい夢に作り替えるプレイだけです。

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おわり
