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プラトンの『クリトン』

哲学/思想

第一幕、クリトンの提案

[ソクラテス処刑前、幼馴染の親友クリトンが牢屋にやって来る]

ソクラテス
どうしたのだ、クリトン、こんな時間(夜明け少し前)にやってきて。
ずっとそこにいたのかい?
よく看守が通してくれたね。

クリトン
いやあ、看守とは顔馴染みで、少しばかりの心付けを渡してだね。
ずいぶん前からいたよ。
こんな状況(処刑前)なのに、あまりにも君が気持ちよさ気に寝ていたから、その平静さに感心していたんだよ。

ソクラテス
この年(70歳)になって、死期を嘆き、むずかったりするのもおかしいからね。
ところで、どんな用があって来たんだい?

クリトン
つらい知らせがあって来たんだ。
君の処刑の日が明日に決まりそうなのだ…。

ソクラテス
それが神の思し召しであるなら、ありがたく受け入れるよ。

クリトン
今からでも遅くはない。
僕の言うことを聞いて、救い出される気になって欲しいのだ。
君を失うことは大きな喪失だし、僕の財産を使えば君を救い出すことだってできる。
もし君がこの提案を受け入れてくれなければ、人々はきっと僕が親友の命より金を選んだ者だと言って侮辱するだろう。

ソクラテス
大衆の思わくなど気にする必要はないよ。
考慮すべきは立派で優れた人たちの評価だ。
そもそも優れた人たちは事実をよく理解するので、変な誤解で他人を中傷することなどないよ。

クリトン
しかし、今回の件(ソクラテス裁判)で君も大衆の力を見ただろう。
彼らは馬鹿にできないほどの災悪をもたらすことができる。
[大衆の嘘や中傷が無実の者を告発し、大衆(裁判員)の私情が無実の者に死刑判決を下した、その力を恐れている。]

ソクラテス
大衆にそんな立派な力はないよ。
彼らは災悪をもたらすことも善福をもたらすこともできない。
何の思慮も持たず行動しているだけだよ。
[ここでクリトンとソクラテスの「災悪」の定義が分かれています。ソクラテスは財産や命を失うことを災悪とは考えておらず、むしろ不正を行うような思慮の無い人間になってしまうことを災悪だと考えています。大衆は、他人を思慮ある者にしたり(善福)、無思慮な者にしたり(災悪)できる立派な力など備えていない、と言うわけです。]

クリトン
理屈はそうだとしても…。
もしかして、君を脱出させたことを密告され、僕がひどい目に合うことを心配して、そんなことを言っているのではないのか?

ソクラテス
その心配もしてはいるが、他にも考えるところがあるのだよ。

クリトン
心配しないでくれ。
密告屋なんて安く買収できるし、君を助けたがっている仲間もたくさんいる。
他国の連中もその気になって準備してくれている。
どこへ逃れたって、君を大事にしてくれる場所はいくらでもある。
僕たちにとって君を救い出すことは正義にかなったことで、危険など大した問題じゃない。
それに、君が今なそうとしていることは、正義にかなったことではないように思えるんだ。
助かることができるのに自分自信を見捨て、同時に君の三人の子供を置き去りにして見捨てようとしている。
また、不正な人間たちが望む通りのこと(ソクラテスの死)を、自ら率先して為そうとしている。
子供を作ることを選択したなら、その子をきちんと養育することは、勇ましく有能な男にとって大切なことのはずだ。
今回の事件で、裁判に持ち込まれたのも、判決を奪われたのも、僕たち皆に勇ましさ男らしさが欠けていたことによるものだと思う。
その汚名を返上するための最後のチャンスだ。
君は見事脱出に成功し、生き延び、有能な男であることを証さねばならない。
もう考えている時間はない、頼むから僕と一緒に来てくれ。

第二幕、ソクラテスの反論

ソクラテス
素晴らしき友、クリトン。
考えが正しい時には“熱意”は貴重なものとなり、誤っている時にはその分厄介なものになる。
だから君の熱意よりも先に、その内容の正しさを検討しなければならない。
私は常に論理的に考えた上で、一番すぐれた言論に従う。
どれだけ状況が変わろうと、どんな苦しみが与えられようと、この私の内なる言論が変わらぬ限り、それを尊重するのだ。
そこで訊きたいのだが、私たちは、どんな人の意見であれ、尊重すべきものとそうでないものがあると考えているね。

クリトン
間違いない。

ソクラテス
有益な意見は尊重し、有害な意見は重んじない。
そして、思慮ある人の意見は有益であり、無思慮な人の意見は有害である。

クリトン
その通り。

ソクラテス
あるスポーツの練習を行う競技者が、誰彼の区別なく全ての人の賞賛や非難や意見を聞くだろうか。
医者やその道の指導者のような、優れた個人の意見を聞くのではなかろうか。

クリトン
優れた個人を選ぶはずだ。

ソクラテス
つまり、賞賛を喜び、非難を恐れ、意見を傾聴すべきは、その優れた個人のもののみであり、多数者のそれではないということだね。
優れた思慮ある個人の意見に従い行動し、それ以外の者全員が束になって何か言おうとも、従うべきではない。

クリトン
まさしく。

ソクラテス
もし、その競技者がその優れた個人の言うことを聞かず、何の思慮もない連中の賞賛や非難や意見をありがたがったら、害を受けずには済まないだろう。
それはスポーツに限らず、すべての分野に共通した問題ではないかね。
私たちは、無思慮な多数者よりも、思慮ある個人の意見を尊重すべきであり、大衆などではなく、彼の前に恥じ彼の前に畏れることこそが、自分自身を善くすることにつながると思えるのだが、どうだろう。

クリトン
僕もそう思う。

ソクラテス
指導者や医者の意見を聞かず、身体を駄目にしてしまった競技者が、生きがいある生き方などできるだろうか。

クリトン
いや、できない。

ソクラテス
それは正義や不正に関わるものである「魂(心、精神)」でも同様に、正しいことに関して思慮ある人の意見を無視し、魂を駄目にしてしまったら、生きがいのない生になる。
身体に比べれば、それは大した問題ではないだろうか。

クリトン
いや魂や心は、むしろ身体より大切なものだ。

ソクラテス
愛しき友、クリトン。
ということは、君が先ほど提案した、あの言論は間違っていたことになる。
正義と不正にかかわる問題において、大衆の思わく(意見)を考慮すべきだという提案だ。
私たちが考慮すべきは大衆の意見などではなく、正不正についての思慮ある者の意見、いわば真理そのものがどう述べているかだ。

クリトン
たしかに。

ソクラテス
しかし、別の者はこう言うだろう。
「そんな理屈を述べても、多数者(大衆)は我々を殺すことができるんだぜ?」と。

クリトン
その可能性を危惧していたんだ。

ソクラテス
そこで、先ほどの言論を思い出して欲しいのだ。
むしろ身体より大切なものがある(魂、精神のこと)と言った、君の言葉を。
すなわち、人間にとって一番大切なことは、「ただ生きることではなく、よく生きること」なのだ。

クリトン
揺るぎない事実だ。

ソクラテス
では、この結論をもとに、今回の事を考えてみよう。
君が先に述べた、金銭や評判や子供の養育に関しての意見は、大衆の思いなしに属するもののように見える。
それよりも重要で考えるべきことは、アテナイの人々の許可なく、様々な手立てを講じてここを抜け出すことが果たして正しいことなのか、不正なことなのか、だ。
もし、それが正しいことであれば、私も君についていく。
不正なことであれば、ここに残り死を待つ。
魂を損ねること(不正を為すこと)は、身体を損ねるより、一層悪いことだと結論付けたのだからね。

クリトン
僕はどうすればいいのか分からない。

ソクラテス
一緒によく考えてみよう。
君は私の言うことに対し反論できる場合は、徹底的に反論してくれ。
その結果、納得いく結論が出れば、それに従い行動すればいい。

クリトン
わかった、やってみよう。

第三幕、国家と国法による説得

ソクラテス
ではまず、不正はいかなる場合でも故意に行ってはならないものか、場合によっては行ってもよいものか、どちらだろうか。
僕たちはこの問題について共に何度も議論し、前者に同意してきた。
不正を行うことは、行う者自身にとって害悪であり、恥ずべき不幸な生き方をもたらす、と。
それに変わりはないかな?

クリトン
変わらない。
いかなる場合でも不正は為すべきでない。

ソクラテス
だとすると、大衆の考えとは逆に、不正を加えられても不正によって仕返ししてはならないことになるね。
つまり、不正を為すことも不正を仕返すことも間違っている。

クリトン
そうだ。

ソクラテス
そこで一つ訊きたいのだが、もし、人があることを為すのが正しいことだと誰かに同意(約束)したら、その人はそれを為すべきべきか、それともその同意(約束)を破ってもよいか、どちらだろうか。

クリトン
勿論、同意(約束)にしたがい、為すべきだ。

ソクラテス
では、いま、国家の承諾を得ないまま、僕たちがここを抜け出すとしたら、正しいと同意した約束を破ることにはならないだろうか。

クリトン
どういうことだい?

ソクラテス
脱獄しようとする私の前に国家と国法がやってきて、こう言ったとしよう。
「国家によって、いったん正しいこととして下された判決を、成員個人の自由によって破棄され無効にされることが許されるなら、国家というものは成り立たず、崩壊するではないか」
それに対し、私がこう答えたとする。
「それは国家が私に対し不正を為し、不当な判決を下したからです」
すると、国家国法はこう続ける。
「待ちなさい、ソクラテス、君は国家が下した判決は忠実に守るということを同意(約束)のうえで、アテナイの市民として、国家の庇護を得てきたのではないのか。
お前を生み、お前を育んできた国家祖国は、お前の実の親やすべての祖先を合わせたものより、もっと尊いものなのではないのか。
もし、その祖国が不正な事を命じたとしても、子がやるべきは、正義に従い説得してその親の不正を改善させることであり、それができないなら従うしかない。
決して、不正によって仕返すようなことはしてはいけない。
それは誤った躾のために子供を叩いてしまった育ての親を、子が殴り返すのと同じことだからだ」
この国家、国法の言い分に対し、私たちは何か言い返せるだろうか。

クリトン
いや、その言葉は真実だ。

ソクラテス
国家と国法はさらに言う。
「私たちはお前を生み、育て、市民として可能な限りの権利や自由を与えてきた。
そして、わが国の法や習慣が嫌なのであれば、いつでもここを出ていき、自由に隣国へ移れる許可も与えている。
[面積、人口、文化的差異を考えれば、隣国と言うより隣の県へ引っ越すような感じです。]
我が国の政治や裁判の方法を常に目にしながら、それでもここに留まることを選択している以上、それに同意しているのと同じことだ。
にもかかわらず、その法に従わないということは、何重もの不正を犯していることになる。
生みの親、育ての親を裏切り、服従に同意しておきながら反故にし、私たちの間違いに対しては説得ではなく不正で応じようとしている。
私たちは強制的に服従させようとしてなどいない。
私たちを説得し納得させるか、服従するかの選択を与えているだけだ」
[ソクラテスは、この説得(ソクラテスの弁明)に失敗したので、服従するしかないと考えている。]

ソクラテス
彼らは、さらにこのような正論を突き付けてくるだろう。
「特にソクラテス、お前は誰にも増して我が国に満足していた。
多くの者は他国への外遊を好むが、兵役を除けば、お前は人生の間で、隣国のお祭りを一度見に行っただけだろう。
頑なに我が国を選び取り、我が法に従い市民生活を送ることに同意し続け、満足し、子供までもうけた。
お前には、70年も考える時間があったのだ。
お前はよくスパルタやクレタの政治や法が優れていると言っていた。
にもかかわらず、そちらへ移り住むことなく、我がアテナイを選び続け、居座り続けた。
あの裁判の際も、お前が国外追放を申し出ていれば、死刑をまぬかれたことは、お前も分かっていただろう。
そして、お前は、追放よりも、死刑に動じない自分の毅然とした態度を選び取った。
なのに、今さらお前は、70年の人生を通したこの同意(約束)を反故にし、裁判における偉そうな態度と公言を撤回し、不正な手段で逃げ出し、お前の生みの親、育ての親である国家を破壊しようと企てる。
それは最も卑劣な人間のやることではないか」

ソクラテス
こう言われれば、もう、黙って頷くしかないだろう。

クリトン
そうせざるを得ない。

ソクラテス
彼らは説得を続ける。
「よく考えてみなさい。
お前が不正を為してまで脱獄し、生き延びたとしても、お前たちを待つのは不幸のみだ。
お前を手伝った仲間たちは捕まり、財産を失い、追放されるだろう。
そして他国へ逃れたお前自身は、国法を破った破壊者として見られる。
法を破り、不正な方法でやってきた他所者を誰が信じようか。
自国の人間に悪影響を与える危険人物として扱われるのがおちだ。
それとも、法治国を避け、野蛮で無法な人々と共に、“人でなし”として生きることを選ぶのかね。
また、その後の人生において、お前はどんな対話をするつもりだ。
今までのように、徳や正義や善や法について語るのか?
不正や無法や悪に染まったお前が、偉そうにそれらを語れば語るほど、不様なことになる。
外国の知人のもとに身を寄せ、彼らにへつらいながら短い余生を過ごさせてもらうのかね。
“ただ生きることではなく、よく生きること”が大切だと言っていたお前が。
お前が生きて外国へ去ろうが、死刑によってあの世へ去ろうが、お前の仲間たちが残された子供の面倒を見てくれることに変わりはない。
お前は正義を貫きここに留まり、他人(大衆)の不正によって死ぬこと(死刑)を選ぶか、それとも、わずかばかりの延命のために、自らが不正な人間となり、自分自身と友人と祖国に害を与えてから死ぬか。
どちらが答えかは、きっともう分かっているだろう」

ソクラテス
私の愛する祖国が、こんな風に語りかけるように思えるんだ。
私の耳のうちで、ずっと、そう響き続けている。
素晴らしき友、クリトン。
これ以上の真なる言論が私には思いつかないのだ。
分かってくれるね。

クリトン
よく分かったよ。
僕にもこれ以上言えることがない。

ソクラテス
そう、このままでいることが、きっと神のお導きなのだ。

 

[この日の後、ソクラテスは自ら毒杯をあおり死を遂げます。]

おわり