マルクスの『資本論』(かんたん版)

例、あるタコ焼き屋にて

私は高校卒業後、たこ焼き屋さんの従業員として働き始めました。
一人で切り盛りできる程度の店で、けっこう自由に楽しく働いています。
平均一日10万円程度の売上げで、材料費や設備、広告費など全て差し引いて5万円ほど残ります。
それをオーナーに渡し、私はそこから日給にして1万円ほど貰っています。

お客さんとの会話も好きで、オタク的に研究熱心な私は、たこ焼きを焼く腕も上達し、売上げはどんどん上がっていきました。
平均一日20万円(営業利益13万円)の大台に達し、オーナーは非常に喜び、給料を20%も上げてくれ、私も喜びました。

ある日、以前ここで働いていた先輩がやってきて、私のことを偉いと誉めてくれました。
先輩はオーナーのことを嫌っており、クビにならない程度にテキトーに働き、赤字ギリギリの平均一日6万円程度の売上げでやっていたそうです。
頑張って働いても嫌いなオーナーの懐を暖めるだけなので、店が潰れない程度の最低ラインを意図的に狙っていたと述べ、私は日給1万2千円で13万円もオーナーに金をこしらえてやる優等生だと言われました。

先輩はほとんど利益を上げずに日給1万円で、私は一日13万円も利益を上げても、たった2千円多く貰えるだけです。
悶々として、それをオーナーに伝えると、「あと2千円給料を上げる。相場より高いから、それで嫌なら他所で働いてくれたらいい」と言われ納得し、また元気に働いています。

資本家と労働者

ここで言うオーナーが資本家、私が労働者です。
資本家とはお金によってお金を増殖させる人で、労働者とは自分の労働と交換でお金(給料)を得る人です。

では、オーナーはどうやってお金でお金を増殖させるかというと、私(労働者)を媒介にしてです。
オーナーは私を一日1万円で買い、それによって一日13万円の利益を上げます。
1万円を13万円に増殖させたことになります。
いわばオーナーにとって私は商品の一部(労働力商品)であり、私はお客さんのために一生懸命よいサービスを提供しているつもりですが、実際はオーナーひとりのために献身しているだけです。

もし、この店が私の店であれば日給は13万円ですが、実際に貰えるのは1万円で、残り12万円は労働していないオーナーに入ります(この余剰分の差を剰余価値と言います)。
私とオーナーの決定的な違いは何かというと、生産手段(店、設備など)を持っているかどうかです。
店や設備を自分も持っていれば、13万円丸ごと自分のものですが、そんな高価なものを持っていない私は、1万円で我慢して働くしかありません。

仮に生産手段(店や設備)を所有するのに1000万円かかるとしたら、私は日給1万円で一生懸命その資金を貯めて独立し、将来的に日給13万円を実現するしかありません。
そしてさらにその先、自分も従業員を雇って彼にすべて任せてオーナーとなり、剰余価値を生み出せば、私も労働せずにお金でお金を増殖させる資本家になります。

資本主義は自由な競争の社会と言われますが、自由に競争しているのは資本家だけです。
労働者は剰余価値をたくさん生み出す優秀な労働力商品になるために、自由競争の真似事をさせられているだけです(実質的に会社は共産主義体制のような給与の分配をする)。
年収1000万円のサラリーマン(月給労働者)は年収500万円のサラリーマンに勝利した資本主義社会の勝ち組だと思われていますが、実際は日給を1万4千円に上げてもらった先ほどのたこ焼き屋の優等生従業員と日給1万円のままのテキトーな従業員の二人と、同じ次元で生きています。
優秀な奴隷になり干草のベッドを与えてもらうか、凡庸な奴隷になり土間で寝るかの違いでしかありません。

詳しくは本編にて