第一章、君主政体の種類と獲得方法
あらゆる政体は共和政か君主政かどちらかである。
君主政体は、血統による世襲の政体か、新興の政体である。
領土を獲得する方法は、自己の軍備によるか他者の軍備によるか。
また、その獲得は、幸運のためか実力のためか(第六章、第七章参照)。
第二章、世襲の君主政体
世襲の君主政体は新興のそれよりも、その権力の維持において容易である。
先祖伝来の秩序に従い、出来事に対し普通に対応する程度の能力があれば、よほど強大な勢力でも現れない限り、問題はない。
第三章、新興の君主政体
新興の君主政体は様々な困難を抱える。
生まれながらの君主と違い、その地位は不安定であり、人民は暴力をもってしても支配者を変えたがる。
新興の君主は新しい征服のために常に新しく臣民に成る者達に対し軍事力を行使するため、その不安定さは必然でもある。
いかに強力な軍事力で征服しても、その地域の民の好意を得られないなら、反乱によってすぐにそれを失う。
しかし、反乱によって失った地域を再度獲得し直すと、安定する。
なぜなら、反乱を鎮圧する際に君主はそれに乗じ、炙り出された反乱者を気兼ねなく処罰し、疑わしい人間を暴き出し、自己の弱点を補強し、自らの地位を確固たるものとするからである。
新たに獲得した地域の言語や習慣・制度が同じようなものである場合は、保持が容易である。
ただ、そこを支配してきた君主の血筋を抹消すればよいだけで、人民は慣れた生活の中で平穏に暮らし、短期間のうちに新しい君主政体に同化していく。
しかし、これらに大きな差異のある地域を得た場合は、困難が待ち受ける。
その保持のためには多大な努力と幸運を必要とするが、その努力の中で最上の方法は、征服者自身がその地域に住みつくことである。
不安定な状況下で逐一問題に対応でき、臣民は近い距離で応じてくれる君主に満足し慕い、反逆者は慎重になる。
もう一つの有効な方法は、その地域の一部に植民兵を送り込むことである。
略奪によるため費用はかからず、略奪された少数の人間の貧しく非力な憤慨など無力で害はない。
他の多くの者は損害がないため平穏であり、略奪の恐怖を垣間見てより従順になる。
人民は愛されるか抹殺されるかのどちらかでなければならないのである。
人民は些細な危害には復讐するため、危害を加える際は、復讐の恐れがなくなるほど徹底的にやってしまわなければならない。
また、このような地域へ赴いた君主は、近隣の弱小君主達の庇護者となりそれらを取り込むことによって、その他の強力な君主を弱体化させると同時に、彼ら(弱小君主)が外国勢力へ加担する危険の芽を摘むのである。
第四章、アレクサンドロス大王死後の統治が易しかったのはなぜか
君主政体は、以下のふたつの方法で統治されている。
ひとつめは、一人の君主とその下僕によって治められる方法。
君主の恩恵と承認により、下僕は大臣として君主を補佐し、国を治める。
全領域において君主以外に上位者と認められる者が存在しないため、君主の権威は非常に大きい。
人々が大臣や役人に従うのは、あくまでも君主の補佐役としての役職に対してであり、その人物に対しての親愛などではない。
ふたつめは、一人の君主と諸侯たちによって治められる方法。
諸侯は君主の恩恵ではなく、古くからの血統によってその地位を保っている。
諸侯は各々の領土と臣民を持ち、主人として親しまれている。
ひとつめと違い、君主への敬意や親愛は、諸侯へと分散される。
よって、団結の堅固なひとつめの君主政体を征服することは難しいが、いったん征服に成功すればその保持は容易である(これが本章小見出しの解答です)。
反対に、権力の分散しているふたつめは征服には易しいが、その保持は難事である。
第五章、固有の法に従い統治されていた都市や君主政体を獲得した場合
獲得された地域が、自ら固有の法によって統治(自治)され、自由な生活に慣れていた場合、そこを保持するには三つの方法がある。
1.それらを壊滅させること。
2.支配者自らがそこへ移り住むこと。
3.固有の法を認めつつ、支配者との親密な関係を保つ寡頭政(少数者による支配体制)を立て、税を徴収する。彼らは支配者の庇護なしにはその地位を確保できないことを自覚しているため、支配者の権力を保持するために全力を尽くす。自由な生活に慣れ親しんだ都市を保持するには、その地域の人々を用いる方法が最も容易である。
第六章、自己の武力と能力によって獲得した新しい君主政体
新しい君主の出現による、まったく新しい君主政体の維持の場合、これを獲得した者の有能さに応じてその困難さの度合いも異なる。
私人から君主になるためには実力か幸運の力が必要であるが、運に依存せずに成った者の方が権力の維持は易しい。
自らの実力によって君主になった者たちが乗り越えた困難は、新しい政権を確立するために必要な新しい統治の制度の導入である。
新制度の導入者は、多くの旧制度の受益者たちを敵に回す上、味方になるはずの新制度の支持者は、その利益の不確実性からくる猜疑心と旧制度の権力者への恐怖心から消極的であり、力として頼りない。
ここで重要になるのが改革者(新しい君主)の実力であり、他力依存の改革者は障害の前に祈るだけで無力であり、自力に依拠し実行力をもつ者は危機に陥ることなく乗り越える。
そういう理由で武器もつ預言者は勝利し、武器なき預言者は破滅するにいたったのである。
新しいものを説得によって信じさせることはできても、変わりやすい人間の心をつなぎとめることや、懐疑的な人間を信じさせることはできず、その時は武器による強制力が必要になる。
それらの危険をひとたび克服すれば、自分を妬む人々は一掃され、尊敬と安全と強い権力が得られるだろう。
第七章、他人の武力あるいは幸運によって獲得した君主政体
幸運(あるいは他力)によって労苦なしに君主になった者は、その保持に際しては多大な困難に遭遇する。
困難をスキップして君主になったため、何の準備もなしに新たな困難に対処していかねばならないからである。
他力に依存しているため、自らでその地位を保つ術も知らず、力もない。
それはまだしっかり根をはらぬ若木のように、最初の嵐で倒れる。
かといって、君主となる前に揃えておくべき基礎を、いまから作り上げる能力もない。
しかし、チェーザレ・ボルジア(アレクサンデル六世の息子、非常に美男子で勇敢)の様に、その君主が大きな力量をもつ者であった場合、後からその基礎を築き上げることは不可能ではない(建築の労苦と建築物の脆さは伴うが)。
幸運と他力によって権力の座に昇った者は、以下に挙げたような彼の行動を模範とすべきである。
敵によっておびやかされないこと、味方を獲得すること、力あるいは詐術によって勝利すること、民衆に愛されるとともに恐れられるようにすること、兵士に慕われるとともに畏敬されること、自らを攻撃できるかあるいは攻撃するに違いない者を絶滅すること、新しい制度によって旧制度を改めること、峻厳であるとともに親切であること、度量が大きく気前が良いこと、忠実でない軍隊を解体すること、新しい軍隊を組織すること、王や君主との友好関係を維持し、彼らが進んでこちらのために尽くすとともに攻撃の際には手心を加えるようにすること(講談社学術文庫『君主論』佐々木毅訳78項より)