スマイルズの『西国立志編(自助論)』 (1)自助の精神

はじめに

本書は成功者の偉人伝と、それを事例として導き出した成功のための一般則(理論)の、二つの文章から構成されています。
本項では後者の理論にスポットをあてているため、全十三章のうち、本質的な理解にあまり影響が無いと判断したいくつかの章を省いています。

日本では明治四年に出版され、当時では驚異的な百万部のベストセラーであり、『学問のすすめ』と並び日本の思想形成に大きな影響を与えました。
現在は主に『自助論』というタイトルで出版されていますが、大半が抄訳本ですので、可能であれば完訳本を手にされることをお勧めします。

第一章、自助の精神

天は自ら助くる者を助く。
援助は人を弱くし、自立の精神を挫き、自立の欲求すらなくします。
自分で自分を助ける自助の精神こそ、人間を継続的に励まし続けるものです。

いつの時代も人は自分の力を信じず、法や政治のような外部の力に頼ろうとします。
しかし、いかに優れた法律を定めても、個人の本質は変えられません。
あくまで政治は国民の考えや行動の反映であり、政治の質がどうであれ、結局、国民のレベルに均されます。
国家の価値は国民の質に決定されるため、個々人が変わらなければ、何もなりません。
外からの支配ではなく、国民一人一人の内からの自律によって、社会の進歩は保証されます。

そんな人々の途切れることなく引き継がれる努力によってのみ、文明も社会も発展していきます。
先人の遺産の後継者として、それを引き受け、さらに発展させ、次世代に引き継がねばなりません。
日々、黙々と働く各個人の努力のつながりの糸がが、社会という織物を編みあげていくのです。
偉人や天才は、その中で単に目立つ編み目に過ぎず、将軍の勲章は、語られることのない無数の一兵卒の勇気と英雄的行動が勝ち取ったものです。

生き生きと努力する人の態度や語りは、それ自体が教育的価値を持ち、周りの人々をも変えていきます。
学校教育よりも、もっと本質的で実証的な学びがそこにあります。
人間は机上の学問ではなく、行動によって向上し、労働によって自己を完成させます。
学問は単なる素材やツールであり、それを使いこなす方法は、実践的な学びの中にしかありません。

貧しい境遇において、立派な学問教育を受けられなかった者が、最高の地位に上り詰めることが、それを証明します。
シェークスピア、コペルニクス、ケプラー、ニュートン、ダランベールなど、貧苦からの成功者の例は数え切れません。
人間の優劣を決めるものは、そういう真剣な努力なのです。

物質的な豊かさは、教育の良し悪しをなんら保証するものではありません。
豊かさから生じる安楽や保護は、学習意欲や問題解決能力を喪失させやすく、反対に厳しい境遇は、人を真剣にし意欲に火をつけます。
また、富は様々な誘惑を招き寄せ自堕落な生活を生じさせやすいため、恵まれた家庭に育ちながらも快楽を軽蔑し、勤勉に生きた人間は尊敬に値します。

ここで勘違いしてはならないのは、自助の精神というものは、他者の援助や支えを必要ともしますし、社会や先人への感謝も惜しみません。
それだけでなく、私という人間は無意識のうちに、見えない形で無数の他者や事物の影響によって作られているものです。
自助の精神とは、自分の行動とその結果に対し全責任を自分で引き受けるということであり、自分自身が自分に対しての最良の援助者になるということです(最良の援助者の位置に他人を置くことが依存です)。

第四章、忍耐と根気

偉大な成果というものは、大抵ごく当たり前の行為の根気強い積み重ねで達成されます。
成功に必要なものは当たり前の常識と忍耐と集中力だけです。
偉人と言われる人ほど、天賦の才など信じておらず、たゆまぬ努力と集中力、意欲と忍耐を重んじます。
辛抱強くひとつ事に集中して向き合っていると、問題の本質が浮かび上がり、それが成果につながります。
ニュートンが、どうしてそんな素晴らしい発見をできるのかと問われて、「常にその問題について考えていたからです」と静かに答えました。

歴史をひもとけば、あらゆる分野で成功した偉人たちは、倦む事を知らない努力の自伝を持っています。
現実というものはトータルであって、厳密な意味での「天才(生まれつき優れた者)」にむしろ成功者は少なく、並の才能である者が粘り強く努力し生んだ優れた業績から「天才」と呼ばれる人の方が、はるかに多いわけです。

当たり前のはなし、進歩と言うのもは反省と修正の繰り返しのことであり、その反復を習慣化しなければ成功はできません。
努力ということはそういうことであり、ただ無意味に汗をかくことではありません。
この努力の習慣を身につければ、どんな難事も達成できます。

しかし、それには時間が必要です。
偉大な成果は急に得られるものではなく、一歩一歩の着実な歩みの遠い先にあるものです。
いかに待つかを知ることが成功の最大の秘訣なのです。
収穫の時期が来るまで、忍耐強く待ち続ける力が必要なのです。

そんな辛抱強く待たねばならない時でも、快活さを失ってはなりません。
快活の精神は、失望や諦めなどのネガティブな感情を駆逐し、待つ力を与えてくれ、仕事に対しての素直な判断力と努力の活力をもたらします。

道は遥か遠く、自分は全く未熟であるという「無知の知」の自覚が、人を努力に駆り立てます。
凡庸な人間は自分の知識や技術を誇り、上辺の能力で満足し、それ以上の努力を放棄します。
しかし、偉人と呼ばれる人達は、自分をまだまだ無知な未熟者であると反省する賢明さを持っているため、常にもっと上を目指そうという意欲を持続させ続けます。

ある高名な画家は亡くなる際、「私は鳥の一羽もまともに描くことができなかった」と言いいました。
ニュートンは自分の偉大な業績をもってしても、「真理の大海原の前で私は、浜辺の小さな貝殻を拾い集めているに過ぎない」と言います。

第五章、好機をつかむ

優れた仕事をする人は、些細な問題もおろそかにせず、改善しようとします。
ある時、ミケランジェロの友人が作品の修正に関して、「そんな些細な問題は、さほど重要とは思えませんが」と彼に問いました。
それに対し、「確かにそれは取るに足らない問題に見えるかもしれないが、そのようなものが積み重なり美は完成する。美の完成において些細な問題が重要な意味を持つ」と答えました。
積み重なりの過程を知らない鑑賞者の友人と違い、制作者であるミケランジェロにはその小さな過程の一歩の意味と重要性がよく見えているのです。

大発見が偶然から生じたという逸話がよくありますが、実際そんな偶然で偉業が達せられることはまずありません。
(作り話ですが)例えば、リンゴが落ちたのを見て、その偶然のインスピレーションから、ニュートンは万有引力の法則を発見したという、ドラマティックな話を人は信じたがります。
しかし実際は、長年重力の問題に専心し考え続けてきた努力が、たんにリンゴをきっかけとして現れ出ただけでしかありません。
たとえリンゴがそこで落ちていなくとも、別のものをきっかけとして発見されていたでしょう。

普段から問題意識を持って努力し、集中している人の目には、世界の本質が見えています。
その観察力がニュートンのリンゴやガリレオの揺れるランプを通して、真理を見出します。
コロンブスが船尾に漂うちっぽけな海藻から、新大陸の存在を確証したように、こういう観察力を持っていれば、取るに足らない小さなことが、とてつもなく大きな成果に結びつきます。
偉人は高度な事象としか関わらないと思われがちですが、実際はごく当たり前の単純な事象から重要な事実を発見します。

小さなものの積み重ねが大きなものを生み出し、大きなものの存在を小さなものが示しています。
小さなものが無駄に見えるのは、その根にある本質が見えていないからです。
やかんの口から蒸気が吹き出すのは、世界中の人々が普段目にするどうでもいいような光景、ちっぽけで無駄なものです。
しかし、観察力を持つ者はそこに蒸気の力(蒸気機関)を見出し、歴史を変える大発見を成し遂げるのです。

逆に観察力や問題意識を持たない人は、たき木の一本も見つけることができません。
目は頭の中にあるのであり、賢者には世界は明るく、愚者には暗く見えています(認知科学的な意味で)。
心眼がない者はただ世界を眺めているだけで何も見ておらず、心眼のある者は事物の差異と連関を見極め本質を射抜きます。
クモの巣から吊り橋が、フナクイ虫からシールド工法が発見されます。
世界には無視していいような些細なことなどありません。
心眼があれば、どんな小さなことの中にも、何らかの有用なものを発見できます。
その小さな事実の集積によって、ピラミッドのように、偉大な業績が生まれるのです。

ここから分かるように、大きな成功を収めるために豊かさは必要ありません。
豊かさはその人自身の内から作り出すものであり、偉大な人間はチャンスや環境を、ほんの小さな偶然を利用して、どんどん生み出していきます。
偶然出会った一人の人間や一冊の本、偶然拾った化石が、その人の人生を大きく動かし、成功へ導くことがあります。
しかし、それはその人にとって、小さな偶然をチャンスに変えられるほどに機が熟していたからであり、普段何の努力もしていない人間には、一冊の本も化石も無意味なものでしかありません。

人間を助けるのは、偶然の力ではなく、不断の努力によって小さな偶然をチャンスに変える観察力と実行力を養うことです。
幸運の女神は向こうからやってくるのではなく、いつも手の届くところで隠れて待ってくれている女神を、自分で見つけ出し、自分の手でつかまえなければならないのです。

努力の基礎となるものは時間とその積み重ねです。
ほんの些細な時間でも大切にし、目的に向けて有効に使えば、いずれ大きな業績として返ってきます。
お金や物と違って、今日という日は二度と戻ってきません。
重要だと思える考えがあるのなら、それを実行にうつし、忍耐強く継続することです。

その道を歩むことは、永らく他者からの無理解や孤独を伴うものであったりします。
しかし、偉人は多くの場合、移り気で不正確な他人の評価より、自分が確証した真実を重視し、自分の本分を満足させるものから喜びを得ます。
それは谷間の道を行くような静かな歩みであり、名声を得た後の騒々しさよりも、むしろ自身の本分に対し誠実で謙虚な姿勢でいられるこの道を好みます。

(2)へつづく