フーコーの『言葉と物』(1)中世のエピステーメー

哲学/思想

 

エピステーメー(思考の枠組み)

世界の思想史を概観すると、ある場所、ある時代内において共通する思考の枠組みというものがあります。
私は自由に思考し行動する主体的人間だと思い込んでいますが、実際は私の考えは事前にその場所その時代に特有の思考の枠組みに支配されており、あくまで私の思考はその台座の上でしか事物をとらえることができません。
フーコーは、この思考の枠組みや基礎になる台座のようなものを「エピステーメー」と呼びます。

西欧思想史におけるこの思考の枠組み(エピステーメー)を描くことが、本書の目的です。
この思考の枠組みの時代的な転換層として四つの時代に区切ります。
中世-ルネッサンスのエピステーメー(~16世紀)「類似」
古典主義時代のエピステーメー(17世紀から18世紀)「表象」
近代のエピステーメー(19世紀以降)「人間」
そしてやがて到来するであろう新しいエピステーメーです。

以下、それらを順に見ていきます。

 

中世-ルネッサンスのエピステーメー

この時代における特有の思考枠組みは「類似」です。
事物と事物を「類似」という観点から関係付け、世界を秩序立てる思考のあり方です。
世界の事物は互いを映し合う鏡の連鎖に織りなされるよう繋がっており、成立しています。
例えば、頭蓋骨および脳と類似したクルミが頭部の病気に効くとされたり、眼球の構造に似たトリカブト種子が眼病に効く、などとされます。
植物と動物の成長作用の類似、動物と人間の感覚作用の類似、人間の知性と精神との類似、など。
分かりやすく喩えれば、天体の秩序と人間の秩序に類似を見出し、人間の運命を予測をする占星術のような知のあり方です。

十六世紀末までの西欧文化においては、類似というものが知を構築する役割を演じてきた。テクストの釈義や解釈の大半を方向づけていたのも類似なら、象徴のはたらきを組織化し、目に見える物、目に見えぬ物の認識を可能にし、それらを表象する技術の指針となっていたのもやはり類似である。世界はそれ自身のまわりに巻きついていた。大地は空を写し、人の顔が星に反映し、草はその茎のなかに人間に役だつ秘密を宿していた。絵画は空間の模倣であった。そして表象は、祝祭であるにせよ知であるにせよ、つねに何ものかの模写にほかならなかった。人生の劇場、あるいは世界の鏡であること、それがあらゆる言語の資格であり、言語がみずからの身分を告げ、語る権利を定式化する際のやり方だったのである。(渡辺一民、佐々木明訳)

類似の糸で綴られた世界という書物を、いま眼前に与えられた外徴(しるし)をもとに解読し、それが宿した秘密を明らかにすること、それが中世の知のあり方です。
自然や事物の認識とは、世界という巨大な類似の体系(マクロコスモス)の中から、その事物に関係する類似の体系(ミクロコスモス)を発見することです。

しかし、類似というものには限界がないため、類似はさらに別の類似を指し示し、その関係性は過剰なほどの広がりをみせます。
それは無限に過剰であるがゆえに霧散し、貧困であることを必然とされた知のあり様です。

この知が過剰であると同時に絶対的に貧困なことだ。それは限界をもたぬがゆえに過剰である。類似はそれ自体においてけっして安定したものではありえず、べつの相似と関係づけられてはじめて固定される。そしてこのべつの相似は、それ自体さらにあらたなる相似を呼びよせずにはおかない。それゆえ、それぞれの類似は、他のすべての類似の集積を介してしか価値をもたず、もっともとるにたらぬ類比関係でさえ、それが正当なものと認められ、ついに確実なものとして現われるためには、世界全体が踏破されなければならない。したがってそれは、たがいに呼びあうもろもろの確認の無限の推積によって 進むことができ、またそうして進むべく定められた知なのである。だからこの知は、その土台からして砂のようなものだ。知の要素相互の、可能な唯一の結合形式は付加である。・・・記号とそれが示すものとのあいだに紐帯として類似をおくことによって、十六世紀の知は、つねにおなじものしか認識することができず、それも、際限のない行路のけっして到達されぬ果てにおいてしか認識できないという立場に、みずからをおとしいれたのであった。

ここから明らかになることは、中世のエピステーメーにおける知は、私たち現代人の知のように観察や証明によって得られるものではなく、類似に基づく解釈によって得られるものです。
世界は解読しなければならない記号(しるし)に溢れており、類似関係を啓示するこれらの記号自体が他の類似関係から形成されており、その目に見える標識(しるし)を通じて、その物の内に眠る無言の言葉を聞きとらねばならないのです。
さらに言えば、類似の連鎖と同様、ものの解釈は解釈を呼び、解釈を解釈するという永遠に終わらぬ作業を遂行せねばなりません。
事実、この時代においては、事物について書かれた書物より、書物に関する書物の方が多いわけです。
「知ることとは、言語と言語を関係付けること」であり、それは言葉と物とを同一次元に混在させることです。
いわば観察と伝聞が区別なく混在し、むしろ「見られるもの」より「書かれたもの」が重視され、目と言葉がなめらかな平面に織り合わされています。
かなり乱暴に言ってしまえば、現実(物)と虚構(言葉)が区別されない世界であり、ゆえに学識と魔術が入れ子になった特殊な知のあり様をていします。

それを典型的に示すのもが、博物学者アルドロヴァディの『蛇と龍の話』です。
そこでは、観察に基づいた蛇類一般の生物・生態学的記述と、幻獣・神秘譚・奇蹟などの神話や魔術に関する話題が、博物学的な記述として同列に並べられています。
これを私たち現代のエピステーメーから見れば滑稽なものに映りますが、中世のエピステーメーによれば非常に精緻な学的記述でしかありません。
16世紀においては自然は読まれるべき大きな書物であり、書かれたものは自然と同列にあります。
自然は言語であり、かつ言語は自然です。
言葉がすなわち物であった、この豊穣ではあるが錯綜した画一的で貧しい時代こそが中世のエピステーメーの生み出す世界です。

 

中世エピステーメーの崩壊、ドンキホーテ

しかし、17世紀になると、この類似のエピステーメーが崩れだし、転換点を迎えます。
それを象徴的に示すのが、当時のベストセラー小説セルバンテスの『ドン・キホーテ』です。
中世の騎士道物語に心酔するドン・キホーテは、中世エピステーメーの「類似」の枠組みによって、世界を解釈しています。
風車は巨人に、畜群は軍勢などと同一視し、すべて事物は外徴の類似によって関連付けられています。
しかし、新たなエピステーメーで世界を見はじめている周囲の人間にとって、類似によって世界を見るドン・キホーテは時代錯誤で滑稽な人間としてうつり、笑いものにされるわけです。
類似に基づく知はすでに非理性的で空想的なものとされ、それは常人ならざるもの(狂気)として扱われます。

では、周囲の人々が移行している新たなエピステーメーとはどういうものでしょうか。
先走って言うと、それはデカルトやベーコンに代表される、合理的で科学的な思考です。
「類似」から「比較(相違性と同一性)」に、知の基準が転換したのです。
ここにおいて同列であった言葉と物は互いに分離独立し、表象の時代に突入します。
これは非常に重要な転換点で、以後、西洋思想は大きく変化します。

 

(2)へつづく