サイレント漫画とは何か

芸術/メディア

サイレント漫画とは

狭義にはセリフ、ナレーションや説明文、オノマトペ(擬音語・擬態語)など一切の文字が無いものですが、厳密な定義はないので、セリフ以外のものはある程度存在してもサイレント漫画と言っても問題ないと思います。

「サイレント」には、「無言」と「無音」の二つの意味があります。
サイレント映画は無音ですがよくしゃべるものも多く(セリフやナレーションの文字画面が沢山入る)、無言というより「無音」の意味の強いサイレントです。
漫画は元々無音なので(擬音語の使用の有無は漫画家によって分かれる)、サイレント漫画は「無言」の意味でサイレントです。
サイレント映画とサイレント漫画では、サイレントの意味の比重が大きく異なります。

サイレント漫画の偶然性

たとえ普通の漫画を描いていたとしても、元々描かれる世界自体に言葉が無い、原始世界やSF世界や幻想世界などを書けば、セリフのない漫画となります。
しかし、これは本質的にはサイレントではなく、偶然描くモチーフにセリフが無かっただけの普通の漫画です。
セリフのない漫画というものが、過去に多くの有名漫画家によって描かれていますが、それらはこの型に属するものが多いようです。

本来、セリフがあるはずの世界を、敢えてセリフ無しで描く時、サイレント漫画が生じます。
これは、偶然ではなく意図してサイレント表現にする行為です。
音を絵に変換する必要がある、セリフを絵に変換する必要がある時、サイレント独自の表現が成立するのであり、元々、音もセリフもない宇宙の現象の映像を撮ったり漫画にしても、この変換作業が必要でない為、サイレント映画やサイレント漫画とは言えません(表面的にはサイレントだが、本質的にはサイレントでない)。
例えば、音のない世界で「銃声」を表現する場合、「驚いた水鳥の群れが飛び立つ」映像や絵を描いて変換的・間接的に表現する必要があります。

サイレント漫画の特徴

サイレント表現は文字を使わない(あるいは使用頻度が少ない)ので、どの言語圏の人でも読むことが出来る為、より普遍的な表現を獲得できると言われます。
しかし、現在、AIによる翻訳技術が非常に進み、言語の壁はほとんどなくなり、この長所はもはや無いように思われます。

間接表現は詩の本質のひとつであるため、言語的な意味を間接的に表現するサイレントでは、全体的に詩的趣きが強くなります。
その為、詩情に溢れた世界を描く場合は有利な表現となります。
また、音や声のない世界が非現実的であり、その形式自体が必然的にある種の神秘性(非現実感+静謐さ)の印象を与えることになります。

画によってしか表現できないもの(あるいは表現しにくいもの)があり、文字によってしか表現できないもの(あるいは表現しにくいもの)があるため、鑑賞者にストレスを与えない(ひいては感情移入を妨げない)スムーズな表現のためには、適切に双方を使い分ける必要があります。
そうでなければ、非常に冗長な表現となり、鑑賞者を疲れさせます。
読んでいて面倒臭くなるようなサイレント漫画は、表現方法が拙いというより、サイレントの必然性のない(あるいは向いていない)モチーフをサイレント表現で描いてしまっているパターンが多いようです。[※注1]

おわりに

サイレント漫画を読んだことのない方のために、以下にリンクを貼っておきます。
海外のプロのイラストレーターさんの漫画らしいですが、サイレントの良さを発揮した好例だと思います。

サイレント漫画オーディション第一回大賞『skysky』

 

 

注1…表現には”伝えるための表現”と”発散のための表現”があります。お金や賞賛や感動の涙など、他者からの何らかの見返りや反応を必要とする作家は、鑑賞者にいかに想い(表現内容)よく伝えられるかと、常に表現技術を磨く必要があります。反対に、幼い子供が純粋な喜びとして絵を描くような場合、誰(他者)のためでもない発散としての表現ですので、鑑賞者のことなどまったく考える必要はありません。文章を象形文字化して遊ぶ子供のように、何の必然性も無いモチーフをサイレント漫画化してパズル創作的に楽しむことも、サイレント漫画のひとつの醍醐味です。