適者生存
資本主義的競争が激化する現代、ビジネスシーンにおいて「適者生存」という言葉がよく語られます。
多くの場合、ダーウィンの進化論の名のもとに、「生存競争において努力し、環境に適応した者は生き残り繁栄し、不適応者は淘汰される」ということが「適者生存」だとされます。
しかし、これは、ラマルク・スペンサー的な進歩論であり、むしろダーウィンの進化論とは正反対のものです。
ダーウィンのそれは、環境の変化によって偶然それに適した者が生き残る(自然による選択)というものであり、生物の主体的な環境変化への適応努力は無意味だという考えです。
「適者生存」の錯誤
なぜこにような錯誤が生じるかをまとめると、以下のようになります。
[狭義(現代的概念整理)には、「進歩」とは、(ある特定の価値基準に沿った)成長に向かう前進(目的論的前進)を指し、「進化」とは、ここではないどこかへ進むこと(非目的論的変化)を指します。類型化すると、ラマルクは進歩論型、スペンサーは(本質的には)進歩論型、ダーウィンは進化論型です。スペンサーの理論は、先行のラマルクを元ネタにし後行のダーウィンによって刷新した折衷的なものです。]
ダーウィンが進化論を発表⇒スペンサーがダーウィンの進化論を読み自身の進歩論的生物学に取り込み「適者生存」と言う語を用いる⇒ウォレスの推薦によりダーウィンがその語を自然選択の補助表現として『進化論 第五版』に導入⇒「適者生存」が二種の意味(進歩論および進化論)を持つようになる⇒世間はそれ(ラマルク/スペンサーの進歩論とダーウィンの進化論)を同じ語として混同して用いるようになる。
キリンの首はなぜ長い
有名なキリンの首の例(ラマルクが初出)で比較してみます。
・ラマルク(獲得形質)
高い位置の葉が生存に必要な環境
→個々のキリンが首を使う
→首が伸びる
→その変化が遺伝
・ダーウィン(自然選択)
高い位置の葉が生存に必要な環境
→首の長さには最初から個体差
→長首個体がより繁殖
→遺伝により長首が増える
・スペンサー
高い位置の葉が生存に必要な環境
↓
ラマルク的に首を使うことで直接適応する(直接的平衡化)
+
ダーウィン的に長首個体が自然選択される(間接的平衡化)
↓
二種の平衡化の相補的効果によって首長キリンが増える
[間接的平衡化は直接的平衡化に従属する二次的過程として位置づけられ、スペンサーは本質的にはラマルク(進歩論型)寄りです。]
ビジネスや人生における「適者生存」の類型(タイプ)
以上のように、「適者生存」には多くの型があり、以下のようにまとめられます。
① 自然選択型・・・たまたま環境に適合したプレイヤーが結果的に生き残る。ダーウィン的適者生存。
② 反応適応型・・・環境変化を見て努力によって自分を変え生き残る。ラマルク/スペンサー的適者生存。⇒これがビジネスシーンで用いられる通俗的「適者生存」
しかし、人間は未来をある程度の範囲で予測できるという特殊な生物なので、さらに型が増えます。
③ 予測適応型・・・将来環境を予測して努力によって事前に自分を変え生き残る。ダーウィン的ラマルク、あるいは高度なスペンサー型の適者生存。
しかし、人間は未来の環境をある程度の範囲で事前に予約的に作ることができる特殊な生物なので、さらに型が増えます。
④ 市場環境形成型・・・技術・規格・需要・消費習慣などの環境自体を自ら作る。メタダーウィン的適者生存。
[つまり自社製品やサービスを買わざるを得なくなるような未来の市場環境を自身で作る。]
⑤ 制度環境形成型・・・法律・規制・税制などのゲームのルール自体を自分に有利に変える。メタダーウィン的適者生存。
[典型が企業のロビー活動。]
しかし、人間の未来予測や未来作成能力には限界があるため、さらに型が増えます。
⑥ 選択制御型(積極)・・・多数の可能性を作って自然選択に備え、来るべき環境に適応する。アンチ(抗)ダーウィン的適者生存。
[経営学で言う「オプショナリティ」に近い。]
⑦ 選択制御型(消極)・・・一般的能力に投資し自然選択に備え、来るべき環境に即時適応する。アンチダーウィン+ラマルク的適者生存。
現代人の適者生存
極めて環境変化が激しく、未来予測も難しい現代においては、むしろ積極的な適応努力の放棄が、個人にとっては適者生存になりそうです。
上の⑦にあたり、環境変化そのものへ適応努力です。
例えば、個人の人生においては、試行錯誤(PDCA)の能力や、一般教養(リベラルアーツ)や、コミュニケーション能力、等、どのような状況にも対応できる一般的能力・柔軟性・可塑性・即自的適応能力を獲得することが、ベストであるように見えてきます。
[リベラルアーツとは古典的名著全体のこと(普遍の意味での一般教養)で、雑学としての一般(=世間一般)教養のことではありません。]
安定した環境なら特定の能力に強く適応することが合理的ですが、不安定な環境においては「環境が変わったときに再適応できる速度」が重要になります。
リベラルアーツの本質的価値は知識量ではなく思考の多様性です。
PDCA的能力も、間違った仮説を小さな損失で試し、早く修正する能力です。
コミュニケーション能力は、異なる分野間を移動可能にするためのインターフェースです。
不確実な世界においては専門的知識や能力より、学習の仕方を知っている、仮説を作れる、試す勇気、間違いを認められる真の自尊心、他者から知識を取り込める開かれた態度、異分野を横断接続できる柔軟さ、不確実への耐性と判断力、選択肢の多様性、などといった知識や能力の価値が上がります。
もちろん、この二つ(特化適応型と一般適応型)は両立あるいは折衷可能であり、個々のプレイヤーがいかなる環境で生きるかによってその比重は異なります。
ひとつだけ言えることは、「適者生存」とは、通俗的なビジネス用語のように狭いものではなく、多くの可能性(多様性)をもったものであるいうことです。
おわり
