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ソクラテスの産婆術

哲学/思想

[ソクラテスと青年テアイテトス(古代ギリシャの数学者、ユークリッドに先行する幾何学の英才)が、「知識とは何か」について問答している場面です。答えに窮し苦悶しているテアイテトスに対し、ソクラテスは語りかけます。]

ソクラテス
愛しきテアイテトス、これは君の精神の陣痛なのだ。
それは君が空っぽではなく、内に何か産むものをもっている証拠だ。
私の母が名のある産婆であったことは君も知っているだろうが、ここだけの話、実は私にも産婆術の心得があるのだ。
私が問答によって対話者を苦しめ、行き詰まり(アポリア)に陥れると、皆が悪い噂を流しているのを聞いたことがあるだろう。
それには理由があるのだ。

テアイテトス
一体、どのようなことでしょうか?

ソクラテス
産婆というものは、もう自身では子供を産むことのないお婆さんのつとめだね。
産婆たちは妊娠の状態を識別し、お産を助け、流産の判断もする。

テアイテトス
その通りです。

ソクラテス
私の産婆術が彼女たちと違う所は、肉体ではなく精神のお産を助けるということなのだ。
特に重要なのが、生まれてくるもの(知識)が本物か偽物かを吟味し判別する作業だ。
私は自分の言論を述べず、他人に問うてばかりだと非難されるが、それは老婆の身体と同様、私の精神にはそもそも知識を産む機能がないからなのだ。
実際、私の中から出生した知識などろくに持たないし、自分は無知な人間でしかない。
しかし、私の対話者は、私との問答が進むにつれ進歩し、その人自身の内から見事な知識を産み出すのだ。
私はただ、その手助けをしている産婆にすぎないのだ。

テアイテトス
そういうことですか。

ソクラテス
しかし、多くの者がこの事実に気付かず、自力で本物の知識を産み出したと勘違いし、未熟なまま私の元を離れ、折角生まれた子を駄目にし、お胎の中に宿っていた胎児までも流産してしまう。
そして、後になって懇願しながら戻ってくるのだ。
当然、私と共にあり対話する者は、知識という胎児のための産みの苦しみ、精神の陣痛を味わう。
健康に子を取り上げるために、陣痛を促進したり鎮めたりする力が、私の産婆術のうちにあるのだ。

テアイテトス
それが僕のいまの苦悶だという訳ですね。

ソクラテス
そう。
君の内に産むべき立派な子(知識)があり、分娩が近いと判断したからこそ、こうして問答をしているのだ。
産むものをまだ持っておらず、私を必要としていない者であると考えた場合は、優れた産婆が縁結びも上手くなすように、別の知者を紹介してやるのだ。
だから、私が君を行き詰らせ精神の陣痛(アポリア)の苦悶を与えたり、君がせっかく産み出した子を偽物だとして私が投げ捨てたとしても、けっして憤慨しないで欲しいのだ。
この精神の産婆のつとめを、多くの者が好意ではなく悪意であると誤解し、私に激しい敵意を持つことにもなった。
しかし、大切な子(知識)が産まれるかどうかの可能性や、物事の真偽を扱うような重要な場面においては、嘘や遠慮などあってはならないはずだ。
そういう訳だから、君も立派な子を産み出せるよう、懸命に取り組んで欲しいのだ。

テアイテトス
はい。
それを心して対話をつづけます。

 

おわり