光とは何か(2)色

(1)のつづき

第一光源の色

前項における明暗の原則は、色においても当てはまります。

まず、第一光源の色の違いというものは、誰でもよく理解するところです。
時刻や天気の状況などによって、光の色味は変わり、室内の蛍光灯においても私たちは好みによって昼光色、昼白色、電球色などを選別します。

当然、同じ花の色でも、夜明け直前のしっとりとした青味の光と、乾いた真昼の黄味の光と、夕焼けの燃えるよう赤の光の中で見るのでは異なります。
これは日常経験として、よく分かります。

第二光源の色

しかし、これが第二光源(間接光)の問題になると、見落としてしまいます。
赤い地面上の球の下半分は、当然、照らし返された第二光源の赤い光によって、赤くなります。

分かりにくいかもしれないので、陰(ボールの下面)の中を切り取って拡大してみます。
紛れもなく、赤ですね。

緑の地面に変えれば、第二光源は緑の光となり、当然、球の下面は緑になります。

同じく切り取り拡大。

もし、これらの陰を入れ替えてみればどうなるでしょうか。


ご覧の様に、非常に奇妙で不自然な画になってしまいます。

野球中継などを見ていればよく分かりますが、緑の芝の上にいる選手が、赤い土の上に移動すると、顔の陰やユニフォームの下面が緑からさっと赤に変わります。
これが物と背景との間の統一感(自然さ、リアリティー)を生んでいるのであり、これが崩れれば、先ほどの奇妙で不自然な画となってしまいます。

よくある失敗は、第二光源、いわば背景との関係性を考慮せずに、対象のみの色で描かれた絵です。
白いボールだから、陰はグレーでいいだろう、という安易な思考です。
そうすると、こういう画になります。


対象のみが浮き上がって、これまた非常に奇妙で、モチーフと背景が溶け込んでいません。
安物のCGでよくある失敗です。

では、表現ゴリ押しではなく、自然な風景を描く絵描きさんの画を参考に見てみましょう。
ジブリの美術監督である山本二三さんの風景画の部分です。
空中に浮く城の周囲は海の青と空の青に取り囲まれているため、当然、その陰も真っ青になっています。


この家の絵の屋根の陰は、庭の緑の反射を受けて、緑になっています。

分かりやすいように、それぞれの陰の内部を切り取ります。

綺麗に青と緑です。

鏡面に映り込む色

前項で、全てのものは鏡として周囲の世界を映していると述べましたが、当然、その映し出された色は、その対象に影響を与えます。
とりあえず、手元にある付箋と鉛筆をボールのそばに置きました。
ビフォー、アフターを何度も比較して頂ければ分かると思いますが、仮に鏡面のボールとして想定した場合に、付箋と鉛筆が映り込むであろう場所の色が、変化しているのが分かります(これは反射ではなく、映りこみです)。
どうしても分かりにくい場合は、目をひょこひょこ動かして、図像を重ねてみて下さい。

まとめ

明暗の時と同様に、対象の色を決定する要素は、主に、第一光源の色、物の固有色、第二光源の色、鏡面に映り込む周囲の物の色、です。
自然な事物には、必ず、「そこにあるべき調子や色」が存在します。
その階調を外れれば外れるほど、その調和が壊れ、不自然になっていきます。
この調和や階調、いわば「そこにあるべき調子や色」は、光の原理を知っていれば、かなりの精度で予測が可能であり、上に挙げた背景美術の達人のような人なら、もう現実を参考にせずとも、想像だけで世界(調和)を再構築することが出来ます。

勿論、これらの調子や階調の正確さは、幼児のかきかたノートのような単なる基本形です(図版、Wikipediaより)。

その基本をどう壊すか、崩すかによって、芸術表現の差異や作家性が生まれます。
実のところ、ぶっ壊すべき基本をきちんと習得しておいた方が、上手に壊せたりするのです。
ケンカ慣れした者は、相手(対象)を殺さない程度に上手くケンカができますが、初心者は加減(バランス)が分からず対象を殺してしまいます。

図版は草原をお散歩する女性を描いた、モネの『日傘の女(右向き)』部分です。
彼女が傘を指すのは、暑いからでも日焼けするのが嫌だからでもなく、私たちに陰(反射光)の美しさを見せつけるためです。
傘によって作られた大きな陰によって、既存の絵画では脇役であった二次光源(反射光、間接光)を主役に抜擢します。
リアルの階調を適度に壊す、ありえないほどの反射と映り込みの連鎖によって、人物は周囲と一体化し、陰特有の透明感としっとりとした彩度が美しく表現されています。

おわり