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本田健の『ユダヤ人大富豪の教え』

経済/ビジネス

第一の秘訣、社会の成り立ちを知る

一般人は、お金持ちになるためには、一生懸命はたらくというイメージを持っています。
しかし、報酬額というのは、努力の量や労働の時間が決定するのではなく、「その人が提供したサービスの質と量」が決定するのです。
例えば、ある人気漫画家と飲食店員の年間労働の時間や労力が同じであったとしても、人気漫画家は数百・数千万の読者に対し娯楽というサービスを提供するため、莫大な報酬が入りますが、飲食店員であれば一人当たりせいぜい数十人のお客に提供するだけです。

世の中には経済的に二通りの人間しかいません。
「自由な人」と「不自由な人」です。

自由な人は経済的にも社会的にも精神的にも自立し、不自由人はそれらすべてにおいて他者に依存します。
不自由人は、自分が何者であるかも、自分が何をしたいのかも、考えようともせず、自分の人生の責任を他人に転嫁しているため、問題に対し自分ではどうすることもできず、不満、怒り、妬み、溜息、不安、焦燥、徒労などがつのるばかりです。

資本主義とは言っても、それは経済的に自立した人達に当てはまるものであって、労働者自体は会社という組織の中で、共産主義に近いような給与体系の中にあります。
他人の三倍仕事をしたからといって報酬が三倍になるわけでもなく、10億の利益を生むプロジェクトを一人で成功させたとしても、その1%でもボーナスとして与えられることもありません。
必死でスキルを磨き、組織の中で成果を上げても、それは会社に評価されるための努力であって、お金や成功を得るための努力にはなりません。

では、優秀な人は独立すれば、報酬も何倍にもなるかというと、そうでもありません。
彼はあくまで会社の信用やシステムの上で働いていただけであり、その支えがなくなれば、すべてそれを自分でこなさなければならなくなります。
製造だけで利益を上げていたと勘違いしていた彼は、営業、経理、開発、人事、総務等、の仕事まで一人でこなさなければならなくなり、むしろ会社にいた方が楽であったと気付きます。

自由人にとって重要なことは、ただやみくもに独立することではなく、自由であるために必要なもの、合理的なビジネスのシステムを作ることです。
それには会社に属していないことが絶対条件となります。
なぜなら、会社に属している限り、自由にビジネスのシステムを創造したり、変革したりすることは不可能だからです。

売れているミュージシャンは自由人と思われますが、ミュージシャンという仕事そのものは不自由人でしかありません。
ライブのチケット代や興行のメンバーとして報酬をもらうのであり、常に結果を出し続けなければならないプレッシャーと努力は労働者以上の苦労です。
重要なものは、レコードなどの「印税」という、自由であるためのシステムです。
売れたミュージシャンが自由人であるのは、働かずとも報酬が入ってくる「印税」というそのビジネスのシステムを利用するからなのです。
自由人と不自由人とでは根本的にルールが異なっており、まずはそれを知ることが成功のための第一歩となります。
雇われ社長として会社を経営するのは不自由人のルールであり、自分は仕組みだけ作って経営は優秀な者に任せて、自らは直接働かずに報酬をえるのが自由人のルールです。

不自由人は自分のルールのみを尊重し、他の可能性を学ぼうともせず、むしろ軽蔑すらします。
自由な金持ちに憧れながら、それを持てない不自由人は、彼らを不道徳と決め付けることによって、自分を正当化します。
不自由な人達に必要なことは、まず現実を直視し社会の成り立ちを把握し、真剣に自分の人生設計を練り直すことです。
その人自身が変わろうとしなければ、何も変わりはしません。

第二の秘訣、自分を知り、大好きなことをやる

社会の仕組みを知るだけでは本当の成功や幸せにはたどり着けません。
自分自身についてよく知りらないまま、社会的に成功したとしても、けっして幸せになれません。
幸せでありかつ社会的にも成功したければ、「自分の大好きなことを仕事にする」必要があります。
「好き」は自分から生ずる内発的なモチベーションを生み、自己肯定感と、自己のアイデンティティーを確立します。

しかし、ここで注意しなければならないことは、「好きなこと」と「得意なこと」を混同してしまうことです。
得意なことをすれば必然的に成果が上がり、達成感や高揚感が得られ、また他人に褒められたり尊敬されたりします。
これは人間に面目躍如たる充実感をあたえ、特別視されることで自尊心が満たされ、本人も自分はこれが「好き」だと思い込んでしまいます。

けれど、周囲に認められることの喜びや、課題達成・レベルアップ等の興奮をモチベーションとした場合、後に問題が起こってきます。
承認欲求は外的な条件に依存するため非常に不安定であり、課題というものはレベルが上がるにつれて指数関数的にその達成に必要な努力量が増大するため、徐々に達成の興奮というものが少なくなっていき、最終的には苦行のようになってきます。
自分が欲するものではなく、他人が欲するものを集めることで承認や賞賛を得たとしても、自分自身はいっこうに満たされません。
むしろ自分自身が空っぽだからこそ、他者の承認を必要とするとも考えられます。

「自分が好きなもの」とは、もっと静かで落ち着いたものです。
周りの人間が評価するとかしないとかは関係なく、時間を忘れてしまうくらい、ただそれをすることが楽しいのです。
好きなことをやっていると力が湧いてきます。
好きなことをやっていると、同じ思いの人に巡り合っていきます。
その自然体であり自信をもった姿勢が、チャンスに開かれた態度となり、人生がどんどん展開していきます。

逆に嫌いなことをやっていると生きる力を失っていき、自分の可能性を広げてくれる同志との出会いの可能性はなくなっていきます。
人間的な魅力も薄れ、やりたいこととできることのギャップに苦しみ、自信とアイデンティティーを喪失していきます。
他者は敵であり、チャンスは自分を惑わすものとして、退けられます。

好きなことをやっていると必ず道は開けてきます。
それがお金になるにはある程度時間が必要でしょうが、好きなことをやっている分その時間を耐えられます。
「好き」と「お金」という二項を掛け合わせると、幸福度順に以下の四つの生き方の選択肢が生ずるわけです。
1、好きなことをやって、お金が多い(これは最高の人生)
2、好きなことをやって、お金が少ない(好きなことをやっているので、そこそこ幸せ)
3、嫌いなことをやって、お金が多い(お金はあるが嫌いなことをしているので、少し不幸)
4、嫌いなことをやって、お金が少ない(これは最低の人生)

もちろん、100%好きなことばかりする人生などありえません。
好きなことをするためには、時には嫌なこともしなければなりません。
重要なことはその嫌なことを好きなことに関連付け、まるごとそれを愛せるかどうかです。
たとえば、好きな人の短所は、好きな人の長所に結び付けられるため、ネガティブなものとはなりません。
いま目の前にある仕事が、客観的には面倒であったり嫌なものであったとしても、それを好きの仕事のための過程であったり手段であったり、どんな形であれ好きに関連付ければ、ポジティブにとらえることができます。

多くの成功者は、どんな職務でも目の前にある仕事に尽力し、それを好きにつなげながら、大成したわけです。
実業家のカーネギーが、労働者時代の郵便配達や電信技士などを自分のやることではないといって投げ出し、自分の「好き」につなげていなければ、チャンスというものは一生やってこなかったでしょう。