ジェームズ・アレンの『原因と結果の法則』(2)

(1)のつづき

<第三章、健康に対する思考の影響>

肉体の状態も、心のあり方に従います。
不健全な考えを心の内に持っていれば、健康は衰え病気がちになり、健全な心で生きれば、身体も若々しく健康でいられます。
私たちの思いが環境に現れるのと同様、それは身体にも現れます。

心理学の実証研究でも明らかなように、人間の心のあり方は健康や疾病に対し大きな影響力をもっています。
例えば、私が何か大きな失敗を犯し、「もう自分なんて生きる価値もない」という考えや、ボロボロの自分のビジョンを心の内にもってしまったとします。
そうすると、普段は注意深く左右を確認しながら運転していたのに、安全確認も行わず、どうでもいいやと運転する。
普段は家へ帰ると必ず手洗いうがいしていたものを、どうでもいいやとそのまま寝て風邪を引く。
普段は遊びも選んで行っていたものを、どうでもいいやと危険な遊びの誘いにも乗る。

自分なんてどうでもいいという考えが、身体保護のための注意や抵抗力を失わせ、思ったとおり、考えたとおりに、ボロボロの自分に成ります。
医療現場において患者の「生きたい」という思いが、どれだけ大切であるかは、周知の事実です。

健康のために食べたいものを制約しても、長くは続きません。
それは環境を強引に変えようとするものであり、心を全く変えようとしていないからです。
心さえ変えれば、自然と無駄な食べ物は欲しくなくなり、永続的に健康的な食生活を営むことができます。

肉体の健康を守りたければ、健全な心を守り、美しい肉体を保ちたいなら、心を美しく保たねばなりません。
悪意や嫉妬や不安や失望の心は、肉体の健康と美しさを奪っていきます。
悪意は醜い目つきを作り、失望は目の輝きを喪失させ、苦悩は深いシワとなり、冷笑はひねくれ曲がった口角を作り上げます。
表情は心の鏡であり、笑顔が作る頬のやさしいシワや、しかめ面が作る醜い眉間のシワなどの中に、私達は無意識的にその人の人格や心もちを読み取っています。

動物実験によって不安定なストレスを与えられたマウスは、通常のマウスの倍のスピードで老化し、半分の寿命で死んでしまいます。
同じ60歳でも、ひどく老け込んだ人もいれば、非常に若々しい人もいます。
暦の上の年齢と、心が生み出す実際の身体的な年齢は別物であり、むしろ物理的な時間と身体の成長および劣化時間が同じものだという思考は抽象の産物でしかありません。

悪意や不安などのネガティブな思いを持つ人は、自分で自分に鞭を打ち、痛めつける人であり、善意や勇気などのポジティブな思いを持つ人は、知らず知らずのうちに自分を癒し保護しているのです。

正しい思いによって生きている人にとって、老化はとても穏やかで、平和で、やさしく円熟味を増してゆきます。まるで静かに沈んでゆく夕日のようです。

<第四章、思いと目的>

思いや考えというものは、ただ漠然と持つということはできません。
具体的な目的に結びついて、はじめて思いも具体的になります。
その目的という中心軸を心の中心に据えることによって、思いや考えは現実的で有効なものとなります。

もちろん、目的の達成に失敗はつきものです。
しかし、前項でも書いたように、心と環境の齟齬は、次のステップのために必要な踏み台であり、その克服を通してえられる心の強さこそが、成功のバロメーターなのです。

中心にすえるような目標というものが、まだ見付かっていない人は、小さくてもいいから、いま目の前にある自分の仕事に集中してみてください。
このちいさな集中力や達成感の積み重ねが、決断力やモチベーションなどの、目的設定とその達成という成功に必要な能力を磨いてくれます。
たとえ今は弱い人間であったとしても、自分の弱さと向き合いそれを自覚し、「強さは持続的な鍛錬によってのみ開発される」という事実を知るなら、強い人間へと成長できます。
当たり前のはなし、肉体を鍛えるためには、忍耐強いトレーニングが絶対に必要であるように、心も徐々にでも鍛えなければ、強くはなりません。

強い人間にとっては、失敗は成功のために役立つただのデータ(経験)であり、まなざしはもう次の試行に向けてのチャレンジに向かっています。
疑いや恐れや不安は、努力の効果を反らせたり、減らしたり、無駄にし、必然的に失敗へと導きます。
それらネガティブな思いを克服することは、同時に失敗を克服することも意味します。
信念や勇気などの正しい思いが、目標という幹に結びついた時、それは創造的な力となり、豊かな実を結びます。

<第五章、思いと成功>

人生に成功するか失敗するかは、その人自身の思考に直結する結果でしかありません。
世界(環境)に対する個人の責任は絶対的なものです。
私を取り巻くこのかけがえのない環境は、私の心によってしか変える事ができず、他の誰もそこに介入することはできません。
自分の状況を変えられるのは自分だけだという事実を、完全に理解せねばなりません。

仮に強い者が弱い者を助けようとしても、弱い者が助けて欲しい、この状況を変えたいと思わない限り、助けることはできません。
助けてくれる者が持っている強さを、助けられる者が自分の努力によって獲得しようとしなければ、永遠に助けてもらわねばならない弱者として生き続けるでしょう。

例えば、抑圧者と奴隷が存在するとき、悪い抑圧者のせいで奴隷が苦しんでいると思われます。
しかし、実際は彼らは協力関係にあり、むしろ奴隷に甘んじている多くの人々が、抑圧者を支えています。
奴隷の弱い心が被支配を生み、抑圧者の弱い心が過剰な支配欲となって支配を生み、互いを結び付けあいます。
彼らは互いを憎んでいますが、根は同じであり、両者とも自分で自分自身を苦しめているのです。
弱さを克服し、強い心を持つものは、他人を支配したいとも思わず、支配されたいとも思わず、主体的であり自由です。

ビジネスであれ、私生活であれ、精神的なものであれ、あらゆる成功は、すべて正しい「思い」の結果であり、対象は違えど、同じ法則によって導かれたものです。

<第六章、ビジョンと高邁な目的>

理想や夢のビジョンを心のうちに明確に持つことによって、現在の環境との齟齬がはっきりとし、心の状態と調和しないその環境を変えていこうというエネルギーが湧いてきます。
その積み重ねの中で人の心は成長し、環境はビジョンに見合ったものとして現れてきます。

人は多くの場合、表にあらわれた結果のみに目を奪われ、その本質というものを見ることができません。
だから成功者に対して、彼らは運がよかっただの与えられた天賦の才だの、外的な環境の偶然性に帰するような解釈をおこなうのです。
しかし、成功者が行ったことは、高邁な目的のビジョンをもち、その心の中の理想と現実という環境の不調和をなくしていくために、日々のチャレンジと反省のなかで粘り強く努力し、それを実現することです。

成功やそれを実現した才能や資質は、すべてこの努力が生んだ果実であり、それは「成就した思い」「達成された目標」「現実化されたビジョン」です。
心の中に据えたビジョンによって、人は自分の人生を作り、心の中に持つそのビジョンは、やがてあなたと成るものなのです。

<第七章、平和な心>

これら思考の法則を理解すればするほど、人の心は平和になっていきます。
あらゆる現象の必然性な原理(原因と結果の法則)を知り、また同時にそれは私のみならずあらゆる他者もそれに従った存在であると知った時、人は不平や苛立ちや悩みから解放され、安定した心の状態を保つことができます。

それは環境や他者に翻弄される人生ではなく、人生航路を自分自身の舵とりによって決定していく熟練の船長のようです。
雨が降ろうが嵐がこようが、どんな変化に対しても落ち着いて調和を保ち、つねに穏やかです。
この心の平和(調和)こそ、人生で最も価値あるものであり、究極的な目標であり、魂の結実です。