表現主義とは何か

芸術分野においてよく「表現主義」という言葉が使われますが、いまいちそれがどういうものをさすのかよく分かりません。
それに対して「印象主義」といわれると、フランス印象派絵画のキラキラした風景など、多くの人が容易にイメージできます。
画家が難しい形の対象を描くとき輪郭の外側の空間を意識して描く様に、ある概念のかたちが曖昧な場合は、それの反対の概念を検討することによってより明確になります。

「表現主義」の反対になるものは「印象主義」です。
英語で書くと「Expressionism」と「Impressionism」です。
「印象主義(Impressionism)」は、「Im(中に)press(押す)ion(事)」で、語義は「心などの中に印を押す事」です。
「表現主義(Expressionism)」は、「Ex(外に)press(押す)ion(事)」で、語義は「心などを外へ押し出す事」です。
その差をひらたく言えば、鑑賞者の中に入る印象を重視するのが「印象主義」、反対に制作者の中から押し出す表現を重視するのが「表現主義」です。

例えば、今どきのアニメ背景にあるような木漏れ日がキラキラ光る樹木の絵は印象主義的ですが、魔法使いの老婆のように枝垂れたシルエットで描かれる朽ちた樹木は表現主義的です。
前者が端的に光の美しい印象を与えるものであるのに対し、後者は何らかの意味をを樹木によって表現しようとしています。
参考画像の映画『スリーピーホロウ』の枯木は、まるで首のない人間が苦しみに身をよじる四肢のような表現です(ちなみにこの映画は首なし幽霊のお話です)。

それは作品だけでなく、鑑賞者側の問題でもあります。
例えば、ある親子が夕日を見て感動していたとします。
子供は純粋に夕日の光と色の重奏的な変化に美しい印象を感じ、年老いた親は夕日という表現の向こう側に「失われていくものへのはかなさ」という意味を観じ、感動します。
子供はその絵のような夕日を印象主義的にとらえ、親はそれを表現主義的にとらえたわけです。

表現主義はその対象の向こう側に意味(表現)を持たせようとする深みのある世界観です。
逆に印象主義はすべての対象から意味の奥行きを剥奪し、あらゆるものを平板なスクリーンに並べ、等値に全てを背景(風景)化する世界観です。
意味を求める知的な表現主義に対する、意味を求めない感性的な印象主義です。

世界の無意味さを知ったとある小説の主人公が、映画館でモノクロ映画を観る場面があります。
その映画作品が表現する対象の向こう側に意味を読み取れない虚無的な主人公は、ただそのスクリーンを「水底に映ったきらめく光の網の戯れ」として印象主義的に観るのです。