マルクスの『資本論』(2)貨幣の成立

(1)のつづき

価格の成立

私たちが市場において商品を交換する時、その使用価値では交換の基準にならないため、その商品価値の基準において交換します。
商品価値は社会的関係性が生み出す抽象的なものであるため目に見えず、そのままでは交換相手にはその価値が分かりません。
そこで必要となるのが「値札(価格)」であり、値札を成立させるために必要なものが「貨幣」です。

貨幣の成立

仮に貨幣のない物々交換の世界で、私が仕立て屋であったとします。
私は服しか作れないため、晩ご飯の魚を得るために猟師さんのもとへ服を持って交換に行きます。
しかし猟師は服はあるから要らない、船を補修するための木材が欲しいといいます。
それで私は木こりのところへ行って服と木材を交換してくれと言うと、服は要らんから酒をくれと言います。
結局、造り酒屋まで行ってようやく服と酒を交換してもらえ、今度は来た順を逆にめぐり交換して、晩の魚にありつけます。

これでは非常に非効率な交換になってしまいますので、皆が共通に必要とするものを「一般的等価物」として交換を行おうということになります。
例えば、誰もが毎日必要な「パン」を交換の軸とした場合、服1着=丸パン5個、魚1匹=丸パン2個、木材一本=丸パン10個、酒1瓶=丸パン3個となったとします。
このような価値表現を「一般的価値形態」といいます。
そうすれば、わざわざ物々交換のはしごなどせずとも、家にある丸パンのストック2個を猟師のところへ持っていけばよいだけです。

しかし、いくら保存の利く乾燥パンでも時間により腐り、大きさを持つため家1軒=丸パン5,000個を求められた時どうしようもなくなります。
だから「一般的等価物」として最適なものとしての条件がいくつかあります。
耐久性があること、分割したり合一したり出来るもの、希少であり価値の比重が高いこと、生活必需品でないこと、などです。
そこで歴史的に最も「一般的等価物」として適切だとして採用されたものが「金(ゴールド)」です。
家1軒を欲しい時でも、腐らないし場所もとらない金の延べ棒一本(1kg)を持って行けばいいだけなので、非常に効率的です。

この貨幣形態において固定化された一般的等価物を「貨幣」とよびます。

貨幣の魔力

この何とでも交換可能な貨幣というものは、まるで何にでも変身し全てに充ちる変幻自在の神のような非常に強力な魔力を持ちます。
ポーカーゲームにおけるワイルドカードのジョーカーは、ツーペアをフルハウスにし、スリーカードをフォーカードにする無敵の力を持っています。
マルクスの挙げた例でいうなら、脚の悪い人間も金で三頭立て馬車を買えば誰よりも早く移動できる者となり、醜男も金の力で美女を傍におくことができます。
友情は友情と、愛は愛としか交換できなかったはずが、いつの間にか愛も友情も貨幣の交換物となりさがります。
まさに「Money is everything.(カネはすべて)」なわけです。

物理的限界のある使用価値への限られた欲望は、観念であるがゆえに永久に充たされることのない貨幣への無限の欲望に取って代わられ、人間は疲弊していきます。
人間は単なる観念でしかない商品価値や貨幣を、先天的な属性を持つ自然物のように捉えはじめ(物象化)、やがてそれは偶像幻想的な「物神崇拝(フェティシズム)」にいたり、人間は人間自身の自然的営みから疎外されます。

(3)へつづく