ブリコラージュとは何か

ブリコラージュとは

ブリコラージュとは器用仕事、寄集め細工などという意味の言葉です。
文化人類学者のレヴィ=ストロースが、近代の合理主義的思考に対抗するものとして提示した「野性の思考」です。
一見、不合理に見えるが合理主義よりも合理的な未開民族の思考から着想を得たものです。

一般に最も合理的なプロセスは、まず明確な目的を立てて、本質を見極め、そこにいたるための適切な手段を考えることです。
全体を見渡せる鳥瞰的な位置からロードマップや設計図のようなものを作り、各手段(パーツ)が無駄のないよう最適な位置へ配置することです。
機械時計のように一切の無駄のない機構が、合理主義のイメージモデルです。
ビジネスのハウツー本などに見られる典型的な成功理論です(『エッセンシャル思考』の項を参照)。

それに対してブリコラージュは、行き当たりばったりのあり合わせのもので目前の目的を達成しようという方法です。
合理主義がつねに2Dの抽象的で鳥瞰的視点であるのに対して、ブリコラージュはつねに3Dの具体的な現場視点にあります。
レシピという設計図を元に各道具・材料を手に入れ順路通りに料理(目的)を完成するのではなく、とりあえず冷蔵庫にあるあり合わせのものでパパッと料理を作ってしまう凄腕のママさんみたいなものです。
「ハンバーグのつなぎのパン粉がない!なら乾燥麩の残りをくだいて代用しよう」という風に臨機応変な柔軟性で、リアルな現実特有の様々な偶発的危機を乗り越えます。

たしかに完全に安定した世界であれば、合理主義的プロセスが最も効率的です。
しかし世界はつねに政治的経済的な社会要因や個人の環境因によって安定度は変わります。
だからもし社会的不安定下や個人的な不遇にある場合、ブリコラージュ的な思考がより合理的な方法になってきます。
目的となるものが安定供給されない未開社会では、合理主義的プロセスなどの遅い思考に頼って生きることはできません。

具体的援用

例えば私が偉人のシュヴァイツァーに憧れて、「医者になってアフリカの貧しい人達にために奉仕するんだ」という明確な目的を立てたとします。
シュヴァイツァーにならって、目的達成の最適な手段とその獲得に必要な期間などの計画図を作り、それをもとに努力するとします。
しかし、そうやって計画を合理的に固定すればするほど、些細なアクシデントが私を絶望に追い込むことになります。
医者になるための試験に失敗しても、不意に財産を失っても、政治情勢の悪化でアフリカへの渡航が禁止されても、それで目的は潰えてしまいます。
レシピに頼れるのは、道具や材料やプロセスの安定性が確保されている人のみです。

ここで思い出されるのが、あるコメディアン出身の著名な映画監督の言葉です。
映画監督というものが「なるものではなく、なっちゃうもの」だという主旨の言葉です。
映画監督という目的に向かって努力して「なる」のではなく、知らないあいだに「なっちゃってる」ということです。
たまたま優れた芸術映画作品の準主役として起用され、芸術映画というもの存在感を知り、たまたま役者として起用予定だった映画作品の監督が倒れて、代役でメガホンを取ることになる。
たまたまタレントとしてのコネクションを持ち合わせ、たまたま実存哲学的な生き方を主題として持っている。
それら持ち合わせのものによって、ただ目下の面白いことに対してアクションを起こしているうちに、ヨーロッパの三大映画祭で常連となるような大御所の映画監督となるわけです。
必死で努力して著名監督に「なろう」としている合理主義的人間を尻目に、ブリコラージュ的遊戯としてやりたいことやってたら「なっちゃってた」ということです。

創造性

「成りたいものではなく、成れるものになる」などというと、目的論的な合理主義的思考からすると、ネガティブに聞こえるかもしれませんが、それは逆です。
目的を明確に定めるということは限界設定であって、非常に狭隘な世界にはまりこんでしまいます。
それは目的(完成形)をコピーするのが巧いだけの模写画家のようなものです。
自分の理念(アイデア)の枠に収まる理念優位の抽象の科学です。

むしろ「成れるものになっていく」という生成の連鎖によって、自分には考えも及ばなかった遠い世界にまで辿り着くことがあるわけです。
それは絵を描くことに似ています。
画家は完全な完成のイメージをもっていて、それを目指して機械的に筆を動かす複製機械人間ではありません。
一筆一筆の作品の生成の中で意図もイメージも柔軟に変化してゆき、最終的な完成形(目的)は、出来上がってみないと分からないものです。
そして出来上がったものが自分のイメージ内のものでしかないなら、その作品は失敗です。
作品が自分のイメージを追い越し、自分の想像もしなかった世界を描き出したときが、クリエイティブな仕事の完成です。
自分の理念(アイデア)を具体が越え出る具体の科学です。

それらは製作するエンジニアと、制作するアーティストの違いに似ています。