人生問題考察「テストで良い点がとれない」

※巷にあふれる日常的な疑問を、哲学的に考えてみる。

問題

テストで良い点数がとれない。

考察

別にとる必要はありません。
学校のテストの本来の目的は悪い点数を取ることです。
テストを受けることによって、出来ないところを把握し、自分の到達段階を確認するためのものです。

例えば模試で高得点を連発していたとします。
とても気分は良いでしょうが、自分の弱点に気付けていないという危険もはらんでいます。
案の定一発勝負の入学試験で、気付いていなかった自分の弱点である問題が出て不合格となるかもしれません。
だから悪い点数を取ったときは、むしろ反省・修正点が明確になったと喜ぶべきなのです。

テスト(試験)の本質は言葉の意味どおり、「試す」ということです。
自分の知識を試すのが目的です。
勉強-試験-勉強-試験-勉強-・・・の繰り返しによって、自分の知識レベルを上げていくプロセスです。
科学の進歩のプロセスと同じです。
仮説→実験→反省修正した仮説→実験→反省修正した仮説→実験→・・・。
あくまでも試験というものは知識レベルを上げるための手段であって、目的ではありません。
その辺りを理解できない大人は、良い点数を取ればおりこうさんと褒め、悪い点数を取ればバカと罵る、という錯誤を犯します。

そうやって手段を目的化してしまうという錯誤によって、ただ特定の試験でよい点数を取るためのテクニックのみ学んだ上辺だけで中身がないという知識人が量産されます。
中身のない学者、中身のない政治家、中身のない道徳屋、等々。
カンニングや盗作、巷を賑わす科学論文のデータ改竄も、結局はこれと同じ錯誤から生ずるものです。

「失敗は成功のもと」などではなく、失敗と成功は両足のように左右両方あるからこそ前進できるという対等な関係です。
良い点を取ることも悪い点を取ることも、同じ前進のひとつの過程でしかありません。
良い点を取ったら喜んで、悪い点を取ったら悲しむのは、ママの評価が自分のすべてである自立できない小学生のすることです。

失敗や悪い点数ごときでネガティブになるような低いレベルの世界から、もっと高い位置で物事を観られるようになるべきです。
悪い点数を取ったら喜んで、すぐにその問題点を修正できるよう勉強し直してください。